Close
ad-image
島津家別邸・仙巌園で【幕末】を感じる歩き方。

島津家別邸・仙巌園で【幕末】を感じる歩き方。

鹿児島市内を旅行で訪れる人は、まず立ち寄ると言われているのが、名勝・仙巌園。なんだかいかめしい顔をした仙人様が修業でもしてそうな名称ですが、実はここ薩摩藩主・島津家の別邸跡とその庭園なのです。錦江湾に面しているので、目の前には桜島がどーんとそびえ、なんとも贅沢な景色。1658年(ちょうど第4代将軍・徳川家綱の時代です)第19代当主だった島津光久によってつくられた仙巌園、歴代の藩主が愛した別邸は、幕末で時が止まっているかのよう。その歩き方をご紹介します。

反射炉を再現したもの。某島での完成を祈っています

幕末から明治へ、維新という名の飛躍。

仙巌園に入るとすぐに目につくのが鉄製150ポンド砲(複製)と反射炉跡。そう、島津斉彬が築き上げた近代工業化の結晶と言えるものです。大砲を量産&大型化できる鋳鉄で造るのは高度な精錬技術が必要とされ、そのためには高温を維持できる近代的な精錬設備・反射炉の導入が不可欠でした。
斉彬といえば、藩主に就任する前から近代工業に目をつけ、蒸気船、帆船、汽車、反射炉、製鉄、小銃製造……と、工業化による軍備革命、産業革命を志した人物。つまり、ある意味、幕末の革命児と言っても過言ではないわけですね(斉彬自身が技術を発明したわけではないのですが)。
特に薩摩藩は、奄美や琉球を通じて中国と密貿易をしていたことでも知られています。武器については、こっそり欧州と密貿易をしていたという話もあるほど。斉彬の時代には藩政がまだ苦しい時期もありましたが、奄美大島や琉球で栽培された黒糖を上方で売りさばいた利益をもとに、記録的な貧乏藩から全国有数のセレブ藩へと躍進。
幕末において唯一と言ってもいいほどの黒糖ベンチャーを成功させ、資産をがっつり使って、ゼロから自社(藩)製造のプロダクトを立ち上げようとしていたのですから、現代の経営者も真っ青の経営術を持っていた藩だったのです。

庭園から臨む桜島。このような景観のなか、”お庭番”西郷と斉彬の密談がはかどったのかも

江戸と明治の間(あわい)に。肌で感じる幕末。

ちなみに、西郷どんが斉彬に抜擢されて(藩主のそば近くに近侍する)庭方役となったのもこの頃。文字通り“維新”を肌で感じるイノヴェーションを目の当たりにしたことでしょう。当時の庭や居室も再現されており、中庭で西郷どんに習って“お庭番”気分で忍んでみるのも面白いかもしれません。
また、ただの強兵政策、軍事国家化を志さなかったところが、英明さを謳われた斉彬の凄いところ。ガラス製造、ガス灯製造、紡績、西洋式製塩など、さまざまな経済効果をもたらす開発も行っているのです。西郷隆盛や大久保利通といった“庶民派”の元勲が心酔したのもうなずけます。
仙巌園では、歴代の島津家の功績だけでなく、そんな斉彬の想いも随所に見てとれるのです。園内を散策しながら、歴代島津家当主の優雅な暮らしぶりに思いをはせるのもいいですが、斉彬が残した「薩摩のために改革を行う」という“志”を感じながら歩くのもお勧めですよ。

藩主の私室を再現

最後に、仙巌園ではコンシェルジュがついて回ってくれるので、ぜひ依頼してみては。何気なく見過ごしてしまいそうなものひとつひとつに、島津家の隠された意図があったりも。歴史好きの人にとって、東京ディズニーランドで隠れミッキーを探すのと同じくらいおもしろいかもしれません!?

東風吹かば匂い起こせよ梅の花

 

取材・構成/新田哲嗣

構成作家・シナリオライター・演技コーチ。
コミックやゲームのシナリオから舞台・映像の演出、俳優育成のための演技レッスン、ビジネスパーソン向けの魅力開発ワークショップ等々、ビジネスからエンタメまで幅広い分野を手がける。『B型女の取扱説明書』(著作)、『出口汪のマンガでわかる すごい! 記憶術』『出口汪のマンガでわかる 論理的に話す技術』、高校生向け金融知識・FP技能士啓発図書『飛び立て!未来』(シナリオ)などを刊行。https://www.nitta-akitsugu.com/

Close