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瓦を巡る、レアな兵庫【南あわじ】の旅へ

瓦を巡る、レアな兵庫【南あわじ】の旅へ

瓦の産地が一目でわかる! 「いぶし銀」なら淡路瓦

「甍(いらか)のなーみーと雲のなーみー」って、やっぱりニッポンの原風景ですよね。そんな思いを新たにしたのは、南あわじ市を訪ねたからでした。もっとも、瓦と言えば、空手の達人が「ちぇすと~」の掛け声とともに、手刀で瓦を何枚も割るデモンストレーションくらいしか、知識のないワタシ。そこでまずは、南あわじ市産業文化センター 「瓦の展示場」で、「全国いぶし瓦組合連合会」の顧問を務める登里康生さんにお話を伺いました。

淡路瓦の歴史と発展の過程を詳しく話してくださった登里康生さん。「全国いぶし瓦組合連合会」の前理事長で現在は顧問を務める。

―――淡路島には、立派な瓦屋根の建物が多い気がします。

「当然ですね。淡路島は、三州瓦(愛知県)、石州瓦(島根県)と並んで日本三大瓦の産地ですから。淡路瓦の特徴は、銀色に輝くいぶし瓦であること。焼成時、表面に炭素膜をつくる『燻化(くんか)』を施すのが特徴で、独特の美しさがあり、耐火性や劣化に強いといった性能にも結びついています。伝統的な日本建築だけでなく、近年では洋・モダン建築にも幅広く使われているのですよ」

―――どうして、淡路島は、瓦の産地として発展したのですか?

「なめ土」と呼ばれる粘土瓦に適した土があったことが最大の要因でしょう。文書として残っているところでは、慶長15年(1610年)にまでさかのぼります。姫路城主池田輝政の三男忠雄が淡路島を所領とし、成山城築城を決めました。その際に播州瓦の名工を呼び寄せ瓦を焼かせたのが始まりです。ただ、淡路瓦の中心地、津井地区にはこれより20年程後の寛永年間に伝わったようです。この地区は、土地がやせていて、農作には向かないので年貢を納めるのに苦労していたらしく、信徒を増やしたい法華宗の援助で、改宗と引き換えに、瓦作りの技術が伝わってきたという史料が残っています。

南あわじ市産業文化センター内にある「瓦の展示場」には、津井地区で瓦生産が行われるようになった経緯が記された古文書なども。

その後、船による大量輸送が可能になった江戸時代以降は、建築ラッシュのたびに、淡路瓦は飛ぶように売れたと推測できます。淡路島は後にロシアとの交易で名を残す高田屋嘉兵衛の出身地でもあり、おそらく幕末から明治にかけて、淡路の瓦は商材としてもかなりの影響力を持っていたのではないでしょうか。

―――淡路瓦の強みは何だったのでしょう?

生産体制を早くに確立して、多品種を供給できたことでしょう。瓦って一口に言いますが、サイズも形もさまざまな種類があり、工程も分業なのです。長い歴史を経て、津井地区には、それぞれ得意分野を持つ専門業者が集まっており、瓦に対する需要を集約して、売り出すことができたのが、大きな発展につながりました。現在も淡路島内には約100軒の瓦製造業者があり、それぞれに協力して淡路瓦を盛り上げようとしているのですよ。

 

屋根瓦だけじゃない、淡路瓦の魅力
「鬼師」の仕事に迫る

こちらが「鬼瓦」。邪気を払い建物を守る神として古くから作られてきた。

なるほど、瓦って、あの平たい瓦だけじゃないのね。そういえば、お寺や神社の瓦屋根の棟端に鬼などが描かれた魔除けの瓦が飾られているのを見たことがある。あの瓦はどうやって作っているの? という疑問に答えてくれたのは、「株式会社タツミ」の興津祐扶さん。

窯の前で、瓦作りについて丁寧に説明してくれた興津祐扶さん。鬼師の技を後世に残すべく、新しい仕事にもチャレンジしたいと語る。

「この瓦は、『鬼瓦』と呼ばれています。建物を守る守護神として飾られ、古くは必ずしも鬼とは限らなかったのですが、室町時代の初めになって鬼面に定着しました。やがて民家の棟飾りにも使われるようになり、家庭円満を祈る、あるいは火災や疫病から家を守るために、鬼面は屋根の上から睨みをきかせていました。後に、般若面やおかめ面、恵比寿や大黒、桃の実、宝珠、さらには福や水の字など多彩な飾りが施され、縁起を担いだり、幸運への願いが込められてきました。この鬼瓦を作る職人を『鬼師』といいます」

鬼師の仕事現場。仕事に没頭しているときは、鬼気迫る表情! 一方で普段は物静かな職人という方も多い。美術や彫刻の学科から入ってくる人、造形は現場で学んだたたき上げという人もいて、プロフィールは多彩。

作業場を訪ねてみると、屋根に載せる鬼瓦をまさに仕上げているところでした。「鬼師の仕事は、まず図面を書き、収縮率を踏まえて寸法を決め、粘土で土台を作り、その上に何度も盛り土をして形にしていきます。金ベラや木ベラなど多種の道具や指先を使い、何度も粘土を加えたり削ったりしながら、約1週間から10日かけて形を整えていきます。その後、乾燥には大きな物だと3か月、通常でも半月。一つの鬼瓦を作るのに、時間も手間も要する根気のいる仕事です」

基本的にフリーハンドでディテールまで形を作っていく。狛犬(こまいぬ)や唐獅子など対の鬼瓦は「阿吽」で、口の開閉が異なる。
乾燥中の鬼瓦。緑だった土が徐々に白く乾いていく。その後、吐土(細かい土を水で溶いたもの)を塗って窯に入れ、焼成する。

かつて、特殊な形状を創作できる「鬼師」は、一種の技術者集団として、重宝されると同時に、腕のよい「鬼師」は、請われて全国を渡り歩いたといいます。まさに「包丁一本」ならぬ、「ヘラ1本」で暮らしてゆける職人だったわけです。

現在は、寺社仏閣を中心に鬼瓦の注文がありますが、文化財修復だけでなく、海外からのオーダーや縁起物・記念品なども手がけていて、さまざまな瓦グッズを作っているそう。ちょうど作業中だった鬼瓦は竜のモチーフで、新築の際に直接注文があったとのこと。オリジナルを作ってほしい場合は、問い合わせしてみてください。

株式会社タツミ
URL:http://www.tatsumi-oni.co.jp/

 

瓦ツーリズムで淡路を盛り上げたい

続いて訪ねたのは、瓦工場の2階に作られたカフェ兼ギャラリーの「ギャラリー土坐(つちざ)」。淡路瓦の新しい可能性を探るためにこの場所を作ったとディレクターの道上大輔さんは言います。大学卒業後は損害保険会社に就職し金融マンとして働いていましたが、家業に戻ってからは、瓦を身近に感じてもらうべく屋根瓦以外の瓦製品の開発に取り組んできたそうです。

屋根瓦以外の商品開発に積極的に取り組み、瓦の新しい可能性を追求したブランド「monokawara」を展開するギャラリーの内部。土の肌触りを感じるお洒落な空間だ。
こちらの階段が「ギャラリー土坐」の入り口。1階は瓦工場。

「瓦製造業って、基本的にお付き合いは設計事務所や工務店とか屋根工事店とか…BtoBの商売なんです。一般の消費者とは接点がないので、瓦の情報を住み手に直接伝える機会を作ろうと2010年にここをオープンしました。瓦屋根の需要が大きく減少してきている中で、『瓦っていいもんだよ、日本の家に瓦は欠かせないよ。瓦のある風景って素敵だよ』っていうメッセージを伝えたくて……」。

店内には、周囲の瓦屋根が見下ろせる大きな窓があり、瓦コースターの制作体験ができるほか、瓦スツールや瓦パターなど、アイデアにあふれるプロダクトを発信しています。

屋根瓦のある風景が見下ろせる大きな窓。手前にあるのは、座面が瓦の「瓦スツール」。
吸水性があり、結露した水滴を吸ってくれる瓦のコースター。「ワンピース」とコラボした限定品。
「津井地区を瓦の町として全国に知ってもらいたくて、体験ツーリズムもやっています。建築業界の人はもちろん、一般の人にも、瓦のすばらしさを感じてもらいたい」と、会社の枠を超えて地域の瓦産業の可能性を訴える道上大輔さん。

大栄窯業株式会社
URL:http://www.daieibrand.com/

>>瓦体験の〆は、淡路名産【イノブタ】を瓦の上で ジュワジュワ焼く!

撮影/塩崎 聰 取材・文/編集部

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