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【長野・松本】独立系書店「栞日」に学ぶ、まちの暮らし×個人店のイイ関係

【長野・松本】独立系書店「栞日」に学ぶ、まちの暮らし×個人店のイイ関係

年々拡大するネット書店の陰で、ユニークなアプローチで客を引き付ける独立系書店が業界を盛り上げています。長野県松本市にある「栞日 sioribi(しおりび)」もそのひとつ。店主の菊地 徹さんにお話を伺いました。

「栞日 sioribi」店主 菊地 徹さん 1986年静岡県静岡市生まれ。筑波大学卒業後、長野県松本市に移住。扉温泉明神館、株式会社トラフィックデザインが運営するパン屋「haluta karuizawa」を経て、リトルプレス専門書店兼カフェ「栞日sioribi」をオープン。ALPS BOOK CAMP主宰。スタンプラリーイベント「Matsumoto Winter Walker」、連続トーク企画「このまちに暮らすこと。」企画、松本市街地遊休不動産利活用事業「そら屋」メンバー。

風通しがよい松本で店を開き、目の前の人と幸せを分かち合うこと

2013年にオープンしたブックカフェ「栞日 sioribi」。店舗にはリトルプレスやZINE、アートブックを中心に、菊地さんの審美眼によってセレクトされた本が並び、喫茶でくつろぎながら、併設のギャラリーではさまざまなアーティストの企画展を楽しむことができます。

電気店だった広い建物をリノベーションした空間。2階は書店と喫茶スペース
1階のカウンターで喫茶を注文。客席は1階と2階、どちらも利用可能
1階には物販スペース(企画展示台)も。取材時は松本と徳島の作家によるジョイント企画が行われていた
2階の一角にあるギャラリー(企画展示室)。この日開催されていたのは、大阪在住のイラストレーター・マメイケダさんの松本初の個展

「店を開くなら自分が暮らし続けたいまちで始めたかったし、願わくはそのまちに自分の店ができることで、僕にとってさらに暮らしやすいまちになったらいいと思っていました。それが松本なら実現できるという予感がありました」こう話す菊地さんは静岡県出身。茨城県にある大学に進学したものの、専攻した国際関係学は抽象的で将来の仕事にするイメージが湧かなくなっていた一方、アルバイトをしていたスターバックスでは働く手応えを感じていたと言います。

その地域の人たちが自分のペースで店に通い、僕とコミュニケーションを取りながら、僕が作った一杯のラテで幸せになってくれる。このラテ一杯分の金額には一切の不幸がなく、なんて健やかな経済のあり方なのだと、地に足がついている感覚を覚えました。国際という規模でなくとも、目の前の人が幸せになっている実感を得ながら僕も幸せになれるなら、その生き方で十分だし、そのほうが自分の性に合っている。そう確信を得た時、いつか自分の店を開こうと思ったんです」

そして、卒業後はスターバックスとは別の視点で接客やサービスを見つめ直したいと考え、松本市の山奥の老舗旅館に就職。仕事仲間として、やがて妻となる福島県出身の希美さんと出会い、彼女の「いつか自分が作る焼き菓子を提供する機会や場所を持ちたい」という思いを聞くうちに、将来は一緒に店を開きたいという思いが強くなりました。

2014年に結婚した妻の希美さん。現在は菊地さんと2児を育てながら店に立つ
コーヒーは前職のオーナーの紹介で知り合った京都在住の焙煎家・オオヤミノルさんの豆を使って提供。テイクアウトも可
スコーンなどの焼き菓子も人気

そこで、より小規模な個人事業としての店舗運営を学びたいという思いから、休みのたびに通っていた軽井沢の人気ベーカリーに転職。休日は軽井沢から希美さんに会うために松本を訪れ、初めて“客”という目線から松本のまちの様子を眺め、その規模を実感するようになりました。

客としてまちを眺めると、個人店の多さや、それぞれの店がお互いに干渉せず営む風通しのよさを感じることができました。一方で、とあるパン屋に行くと同業なのに別のパン屋をおすすめしてくれたりと、お互いに干渉はしないけど関心は持っていて、ゆるく応援し合っているのも伝わってきました。次第に、このまちの勝手とか自分がこのまちを好きな理由がわかってきて、どんどん松本で店を開くことが正しいと思えるようになったんです」

そのうえで、学生時代に本屋が好きで通っていた経験から、松本はいろいろな文化的要素がちりばめられたまちながら、大型の新刊書店やいい古本屋が目立ち、もう少し我が強い本屋があってもよいと感じました。そして、旅行者にも居住者にも来てもらえる店にしたいという思いを抱くようになったことから、2013年7月、駅からも歩ける4階建てのビルに「栞日」をオープンしました。

駅前通りのビルで店舗兼住居としてオープンした「栞日」。オープン4年目の2016年に現在地に移転するまでは、ここで営業をしていた

人と人とのつながりが原動力に

菊地さんが本の仕入れで大切にしていることは、制作者とのつながりです。

「今、全国各地にこの手のセレクト系の新刊書店が点在していますが、僕はパーソナルな関係を持てた人から仕入れた本が店の個性になり、結果的にそれが他店との差別化につながると考えています。なので、なるべく制作者の情報がある本を仕入れるようにしています」。

菊地さんが制作者の人となりや、作られた経緯や心境など、背景を理解できる出版物を可能な限り並べている

例えば、松本に本社を構える印刷会社「藤原印刷」の紹介で本を仕入れることがしばしばあるそう。先日も、松本出身の写真家・MARCOさんの新作写真集『SOMEWHERE NOWHERE』を入荷しました。ご本人も店舗を訪ねてきてくれて、何度かやりとりをするなかで、この冬には企画展の開催も決まったのだとか。

MARCOさんの新作写真集『SOMEWHERE NOWHERE』

このように、パーソナルな関係を大切にする考え方はギャラリーの企画展にも共通しています。そもそも当初、菊地さんはギャラリーの併設は想定していなかったそうですが、オープンから半年ほど経った頃、写真を撮るのが趣味の常連客から展示の依頼を受けたことが、そのきっかけになったと言います。

「作品展を開催したところ、それまでうちの店に来たことがなかった人が来店するようになり、何度かほかの企画展を続けた後に再び開催すると、足が遠のいていたリピーターが戻って来たりと、店の新陳代謝が行われて鮮度が保たれることがわかったんです。そこから、ギャラリーの運営をきちんと考えるようになりました」

こうして、書店や喫茶、ギャラリーとしてもさらに広い空間をつくりたい思いから、2016年、当時の「栞日」の建物の数軒隣りで半年ほど空き家になっていた電気店「高橋ラジオ商会」を借り、リノベーションして移転オープン。かつて「栞日」だったビルは、1回1組限定の中長期滞在者向けの宿泊施設「栞日INN」として生まれ変わりました。

かつての電気店の面影を残しつつ、リノベーションした現在の「栞日」
移店時に新店舗に設置された活版印刷機は、知り合いのつてで譲り受けたもの
1週間から1か月滞在者向けの「栞日INN」。開始後1年半の間に1カ月滞在した人も5組いたそう

土台としての「本屋」と、これからのあり方

店舗運営だけでなく、さまざまなイベントも企画している菊地さん。「栞日」開業1周年を目前に初回を開催して以来、毎年夏に開催している北アルプスの麓、大町市の木崎湖畔のキャンプ場でのブックフェス「ALPS BOOK CAMP(アルプスブックキャンプ、通称ABC)」は5年目を迎え、年々パワーアップしています。

緑と湖に囲まれた心地のよい環境で行われる「ABC」。各地の個性的な本屋をはじめ、多彩な飲食店や雑貨店、手仕事の作品を売る店などが並び、ミュージシャンのライブステージもある

加えて、毎年冬には、松本市街地の20店舗以上の個人店が参加するスタンプラリーイベント「Matsumoto Winter Walker」(旧「R143+」)を企画するほか、地域の仲間と松本市街地の空き家の利活用を促進する活動に参加していたり、商業施設のフリースペースでトークイベントを開催したりと、菊地さんはまちの暮らしを豊かにするさまざまな取り組みを実施しています。

あまり『誰かのために』という義務感や使命感の意識はないんです。その風景が見たいからやる、個人的な欲求です」。その反面、ひとりの人間としては活動が多岐にわたりすぎていると感じている部分もあるのだとか。

「自分のキャパシティのマックスで走り続けている感があるので、本屋としての感性や知識をインプットする時間が取れていない自覚はあります。だから、これからの目標のひとつは、本屋としてちゃんとユニークであること。ショップとしては知名度もあがってきていい方向に向かっているので、その根幹である本屋としての経営が揺らがないよう、もっときちんとした仕入れの設計や本棚の編集、オンラインの紹介も含めた本屋としての役割を果たしたいと思っています。そして、本屋としてオリジナリティを追求し、『独立系の出版物を見たかったら松本の栞日に行くのがいい』と全国で認識してもらえる状況をつくりたい。僕という個人が“本屋の菊地”として成長していくことが必要だと今は考えています」

そのためにもスタッフの増員を見据えていますが、それでも、毎朝7時にオープン業務をし、その日最初のお客さんのコーヒーを自分が淹れることは大切にしていきたいと話します。「店に来るお客さんはどういう人か、どういう本なら読みたいと思ってくれるか、現場の感覚は失わないようにしたいと思っています」。

目の前の人を大事にすること。自分の思いに正直なこと。個人の興味と店舗運営のバランスをとること。そうしたひとつの小さな店の思いがまちの刺激や魅力となり、可能性から文化になっていく。菊地さんの信念に、新たなまちづくりのあり方を垣間見たように感じました。

2018年春からは新たにスタッフが加わり、今なお進化を続けている

栞日 sioribi
住所:長野県松本市深志3-7-8
TEL:0263-50-5967
営業時間:7時〜20時
休み:水曜(ほか臨時休業あり)
URL:https://sioribi.jp/

取材・文/島田浩美
長野県出身・在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の海外放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に編集兼デザイン事務所「合同会社ch.(チャンネル)」を設立、「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。

撮影/青木 圭

※明日は、松本暮らし「栞日」菊地 徹さんがオススメする、居心地のイイ場所をご紹介します

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