Close
ad-image
「栞日」菊地 徹さんが居心地のよさを感じる【長野・松本】スポット9選

「栞日」菊地 徹さんが居心地のよさを感じる【長野・松本】スポット9選

松本城の城下町として発展し、北アルプス登山の玄関口としても知られる長野県松本市。近年は「クラフトのまち」としても名を馳せる一方、まちの規模はコンパクトで、旅人にとっても住む人にとっても過ごしやすい地方都市です。就職を機に訪れたこのまちに惹かれ、リトルプレス専門書店兼カフェ「栞日sioribi」をオープンした菊地徹さんに、松本暮らしのなかで居心地のよさを感じる場所を教えてもらいました。

「栞日 sioribi」店主 菊地 徹さん。1986年静岡県静岡市生まれ。筑波大学卒業後、長野県松本市に移住。扉温泉明神館、株式会社トラフィックデザインが運営するパン屋「haluta karuizawa」を経て、2013年、「栞日sioribi」をオープン。ALPS BOOK CAMP主宰。スタンプラリーイベント「Matsumoto Winter Walker」、連続トーク企画「このまちに暮らすこと。」企画、松本市街地遊休不動産利活用事業「そら屋」メンバー。

■まちと本と人をつなぐ独立系書店「栞日」

「栞日 sioribi」は、リトルプレスやZINE、アートブックを中心とした独立系書店で、喫茶とギャラリーを併設しています。2013年にオープンし、2016年、さらに活動を広げるために、数軒隣りにあった現在の建物に移転しました。かつて「栞日」だったビルは、1回1組限定の中長期滞在者向けの宿泊施設「栞日INN」として生まれ変わっています。

本のセレクトで大切にしているのは、制作者とパーソナルな関係を築いた本を仕入れること。これはギャラリーのキュレーションも一緒です。このほか、毎年7 月には北アルプスの麓の湖で開催するブックフェス「ALPS BOOK CAMP」を企画し、松本市街地の20店舗以上の個人店が参加するスタンプラリーイベント「Matsumoto Winter Walker」も実施しています。ほかに、地域の仲間と松本市街地の空き家の利活用を促進する活動にも参加していたり、商業施設のフリースペースでトークイベントも開催したりと、まちの暮らしにまつわるさまざまなことに取り組んでいます。

入り口正面のカウンターでドリンクや軽食などの喫茶メニューを提供
インディー系のZINEやリトルプレスを中心にセレクトされた本が並ぶ2階。喫茶スペースもある
2階一角のギャラリースペース。定期的に企画展を開催している

●栞日 sioribi
住所:長野県松本市深志3-7-8
電話:0263-50-5967
営業時間:7時〜20時
休み:水曜(ほか臨時休業あり)
URL:https://sioribi.jp/

■原点に戻れる場所「松本民芸館」

松本の屋内空間のなかで一番落ち着けるのが「松本民芸館」です。僕はもともと、そんなに民芸やクラフト、手仕事に興味があったわけではないのですが、松本に来て老舗旅館で働き始めてから、宿泊のお客さまに周辺の観光についていろいろと聞かれるので、旅行ガイドに掲載されている観光スポットはひと通り足を運んでいました。松本民芸館に初めて行ったきっかけも、そうした理由でした。それにもかかわらず、この空間にはワクワクして惹かれるものがあって、「民芸っていい世界だな」と、何の前知識もないからこそ素でそのように感じ、そういった工芸品が並んでいるこの空間は心地がいいと感じました。

それから民芸のことを本で調べ、柳宗悦さんのことや民芸運動のことを初めて知って、松本のクラフト文化にも興味を持つようになりました。つまり、「松本民芸館」は、僕にとって民芸やクラフト、手仕事について知る入り口になった場所。建物の一角には創館した丸山太郎さんによる「美しいものが美しい」という言葉が書かれていますが、いまだにこの文字を見ると初心に返ることができます。

ここは、自分をリセットできる場所。年に3本ほど開催される企画展にも定期的に足を運び、意識的に民芸館に行く時間を取るようにしています。

松本市郊外の雑木林に囲まれた静かな路地に位置する「松本民芸館」。「無名の職人たちの手仕事で日常品」であるものに美を見出した「民芸運動」に心を寄せた丸山太郎氏によって1962(昭和37)年に独力で創館された
なまこ壁の蔵造りの建物で、丸山氏の確かな眼で集めた約6800点の民芸品が展示されている
常設展では、壺や水がめ、漆器、タンス、郷土玩具など約800点を展示。世界各地の陶磁器や木工品なども展示されている

●松本民芸館
住所:長野県松本市里山辺1313-1
電話:0263-33-1569
営業時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)
休み:月曜(休日の場合は翌日)、年末年始
URL:https://www.city.matsumoto.nagano.jp/sisetu/marugotohaku/mingeikan/profile.html

■ヒマラヤスギの並木が心地いい「あがたの森公園」

「栞日」から徒歩10分ほどの場所にある「あがたの森公園」は、重要文化財に指定されている旧松本高等学校の「あがたの森文化会館」の建物自体もいいし、広い芝生広場があって「クラフトフェアまつもと」のメイン会場になっているところもいいのだけど、個人的に好きなのは、正面の入り口から入ってすぐにあるヒマラヤスギの並木の下のベンチ。ここでボーッとするのが好きです。本を読むのもいいんですよね。

大正時代の代表的木造洋風建築である「あがたの森文化会館」
大正デモクラシーの思想を反映した本館と講堂には図書館も併設され、いまも広く市民に親しまれている
全国的に旧制高等学校の遺構が少なくなっているなかで、当時の状況が良好に保持されている唯一のものと言われる
昭和48年に校舎としての役目を終えた建物とともに、市民や同窓会の強い願いによって保存が決まったヒマラヤスギの並木
かつてのキャンパスは「あがたの森公園」として市民の憩いの場になっており、毎年5月末に開催される「クラフトフェアまつもと」では280組ものクラフト作家が出店する

●あがたの森文化会館
住所:長野県松本市県3-1-1
電話:0263-32-1812
営業時間:9時〜22時(日曜は〜17時)
休み:月曜・祝日(祝日が日曜または月曜の場合は月・火曜休)、年末年始
URL:https://www.city.matsumoto.nagano.jp/smph/sisetu/kyoiku/agatanomorikaikan.html

■隠れた名スポット「まつもと市民芸術館」のトップガーデン

「栞日」から歩いてすぐの「まつもと市民芸術館」は、建築家・伊東豊雄氏の独創的な設計デザインによる文化施設ですが、穴場なのが開館時間内は誰でも自由に出入りできる3階の「トップガーデン(屋上)」。芝生の広場が広がり気持ちがよく、ここもボーッとできる場所です。ただ、芝生は保全のために常に水がにじみ出ているので、座ったり寝転がったりするためにはシートなどが必要ですが(笑)。手すりと一体になったベンチが備えられているので、ここに座って「栞日」で購入した本やコーヒーを楽しんだりと、公園のように過ごしてはいかがでしょう。

「栞日」の数軒隣りに位置する特徴的な建物の「まつもと市民芸術館」。日本最大級の音楽祭である「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」をはじめ、年間を通してさまざまなコンサートや演劇、ダンスなどが楽しめる
緑化によって都市熱の緩和にも一役買っているトップガーデン。周囲に手すりと一体化したベンチがあり、飲食物も自由に持ち込むことができる
市街地が一望でき、天気がよければ西側に3000m 級の山々が連なる北アルプス、東側に美ヶ原高原も望める
実はトップガーデンだけでなく、エントランスの大階段を上がったところにある広大な空間「シアターパーク」も自由に出入りができる場所。平日の昼どきにはここでランチや昼寝をする人の姿も見られるのだとか

●まつもと市民芸術館
住所:長野県松本市深志3-10-1
電話:0263-33-3800
営業時間:10時〜18時
※保守点検による休館日あり
URL:https://www.mpac.jp/

■松本の音楽シーンの新しいかたち「Give me little more.」

松本のまちは、どうしても民芸からの流れを受けたクラフトの潮流があり、「工芸のまち・クラフトのまち」という、ある種の二大看板を背負っている一方で、まちの見せ方としてはどうしてもそれ以外の要素が埋もれてしまいがちだと思っていました。つまり、工芸やクラフト周辺の人は生き生きと活動をしやすいのですが、それ以外のカルチャーシーンが好きな人にとっては肩身が狭いまちなのではないかと個人的に思っていたんです。

ところが、「栞日」ができたのと同じ2013年に、僕と同世代のオーナー、新美正城くんによる新たな音楽シーンのイベントスペース「Give me little more.(ギブミーリトルモア)」ができて、僕らの世代でインディー音楽を表現する開かれた場所がつくられたことはひとつの刺激になりました。もちろん、これまでにも松本にはアンダーグラウンドの音楽に携わる人たちが耕してきたシーンがありましたが、「Give me little more.」では海外のアーティストも積極的に紹介したりと、イベントではなく「空間」として、ライブなどの企画からインディー音楽のカルチャーシーンを見せています。それによって必然的に松本を訪れるアーティストの幅が広がり、その頻度も増えていることから、これまでそういったイベントに疎遠だった層も足を運ぶようになっています。この場所ができたことは、このまちにとって画期的なことだと感じています。

さらに、「Give me little more.」のすぐ近くには、新美くんのパートナーの前田理子さんが経営するレコードショップ「MARKING RECORDS(マーキングレコーズ)」もでき、たまに通りかかると学校帰りの女子高生が寄っていたりと、すごくいい景色。彼女がああいう親しみやすいキャラでポップな場所を構えてくれているから、松本でレコードとかアナログという話がちゃんとできると感じています。

MARKING RECORDS

●Give me little more.
住所:長野県松本市中央3-11-7
電話:080-5117-0059(新美正城)
営業時間:19時~翌1時30分頃
休み:日・月曜(イベント時は変則営業)
URL:http://givemelittlemore.blogspot.com/

●MARKING RECORDS
住所:長野県松本市中央3-12-8
info@markingrecords.com
営業時間:水〜金曜14時〜21時、土・日曜、祝日12時〜19時
休み:月・火曜
URL:http://markingrecords.com/

■松本における現代アートの居場所「awai art center」

「awai art center(アワイアートセンター)」は、先ほどの「松本民芸館」の話の流れとは対極にある空間。2016年にここができたことで、松本にいいコントラストが生まれたと思っています。これまで松本のギャラリーはどうしたってクラフト系が強かったのですが、手仕事の世界の人にとっては発表する場がたくさんあっていいけど、写真など現代アートを手がけている人にとっては、なかなか自分の作品を展示したり発表する場がないように感じていました。でも、「awai art center」はオーナーの茂原奈保子さんのキュレーションで、今見てほしい若手作家を中心に現代アートの発表の場をつくっています。彼女が僕と同世代だからというのもありますし、松本にとっても新しいカルチャーシーンを体現している場所としておすすめしたい空間です。松本はクラフトだけではないことを体感しに、ぜひ足を運んでもらいたいですね。

明治時代から受け継がれた建物を引き継ぐ「awai art center」
企画展を行うギャラリーのほか、喫茶や読書も楽しむこともできる
「松本に現代アートのシーンをつくれたら」との思いで始めた茂原さん。「美術に出合ったことがない人に知ってもらうためにも、気軽に立ち寄ってもらいたい」と話す
喫茶のみの利用も可。カウンターの壁面には茂原さんが応援するアーティストの情報が
「awai art center」初の2人展となった2017年10〜12月に開催の展覧会「ダムの底」。1階の武政朋子《blank paper》の展示
同じく展覧会「ダムの底」より。2階の太田遼による作品《皮膜のメロドラマ》。(写真|平林岳志/grasshopper)

●awai art center
住所:長野県松本市深志3-2-1
営業日・時間は展覧会によって異なる
URL:https://awaiartcenter.tumblr.com/

■ストリートカルチャーと食のバランスがいい「The Source Diner」

「The Source Diner(ザソースダイナー)」は、松本にありそうでなかったアメリカン・ダイナー。味の保証はもちろんだけど、オーナーの安達真さんが地元出身ということもあってローカルに対する正しい見識もあるので、この界隈の人がどういうものを好きかということをわかったうえで、自分のやりたいデザインや表現を妥協せずに提供しているのが魅力です。

「awai art center」が現代アートの人たちの居場所をつくったとすれば、「The Source Diner」は、DJとかスケートボードといったストリートカルチャーの人たちの居場所をつくったと言えると思っています。それに、アンダーグラウンドとかカウンターカルチャーって基本的にクローズドなものだから、ともすると仲間内で楽しめればいいというものになりがちですが、「The Source Diner」はストリートカルチャーに親しんでいる人でなくても楽しくご飯が食べられ、BGMとしてなんとなくヒップホップが流れているとか、バランスがいい。ガチガチのストリート系ファッションストアは入りづらい人でも、スケートボードのカルチャーの周辺に触れられる場所であり、エッジが立っている空間です。

創業80年を超える生花店「花のタナカ」だった空き店舗をリノベーションした「The Source Diner」。かつての店のステンドグラス風の看板を残した外観も特徴的
安達さんは松本市の隣、塩尻市出身で、アメリカ・ニューヨークや東京での修業を経て、2015年6月に「The Source Diner」をオープンした
ランチは週替わりのカレーかパスタを選ぶスタイル。スケーターはランチの大盛り無料
カウンター席とテーブル席が並ぶ奥行きのある建物。随所にストリートカルチャーのエッセンスが詰まっている
店内一角には物販コーナーも

●The Source Diner
住所:長野県松本市大手4-8-17
電話:0263-75-7896
営業時間:11時30分〜14時30分、18時〜22時
URL:http://www.thesourcediner.com/

■見習うべき純喫茶「珈琲美学 アベ」

松本駅前にある「珈琲美学 アベ」は、老舗で有名店になりながらも観光地化しておらず、観光客前提になっているサービスやメニュー構成の店もあるなか、今の松本においては、ほぼ唯一、純喫茶として語れるものがあると思っています。「栞日」の定休日の朝、7時から営業しているこの店に行くと、すでにビジネスマンが商談を始めていたりと地元の人たちがまず利用していて、そこにスーツケースを引いた旅行者が入って来たりと、あのバランス感覚は京都の純喫茶で見かけるところがあるなと感じるほど。地元の人たちにちゃんと使われているし、旅行者が来ても特別扱いしない。観光地にある喫茶店の姿として、すごく正しいと思っています。喫茶店として見習うところが大きい店です。

1957(昭和32)年創業。駅前ビルのやや奥まった入り口を開けると、古きよき時代を思わせるレトロな空間が広がる
オーナー・安部芳樹さんのこだわりは、ネルドリップで淹れる「完全抽出」のコーヒー
客層は幅広く、松本市民に愛されていることがうかがえる
朝7時から営業で、モーニングのトーストやサラダ、ベーコンエッグなどは全て50〜100円と驚きの価格

●珈琲美学 アベ
住所:長野県松本市深志1-2-8
電話:0263-32-0174
営業時間:7時〜19時
休み:火曜

菊地さんの人となり、そして「栞日」の店づくりへの思いが伝わってくるような空間のセレクト。どの場所もこだわりがあって個性的で、その集合が松本独自のまちの雰囲気を醸し出しているのだと感じます。これらのお店を訪ね、松本の日常の魅力と心地のよさを感じてみてはいかがでしょう。

 

取材・文/島田浩美
長野県出身・在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の海外放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に編集兼デザイン事務所「合同会社ch.(チャンネル)」を設立し、「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。

撮影/青木 圭、内山温那(珈琲美学 アベ)

Close