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小さな町【鳥取・湯梨浜町】の、自給自足の本屋さん「汽水空港」

小さな町【鳥取・湯梨浜町】の、自給自足の本屋さん「汽水空港」

本屋で、モノ作りで、生きることを表現する

鳥取県中部の湯梨浜町(ゆりはまちょう)にある、淡水と海水が混在する汽水湖、東郷湖。最近では最寄りの松崎駅周辺に、ゲストハウス、カフェ、古着屋と若い経営者が新たな店舗をオープンさせ、人気のエリアとなっています。その湖際に店を構えるのが本屋「汽水空港」です。一見何屋なのかわからない外観に、空港という店名。店主の森 哲也さんの選書もすばらしいのはもちろん、なにやら“面白そう”な雰囲気に誘われて多くの人が足を運んでいます。

「自給自足の本屋をしたい!」

森さんにとって本は、人生を教えてくれる先生のような存在でした。「小さい時からなんとなく本は読んでいました。中学生ぐらいになると、身近にいる誰とも共有できない考えの芽や悩みみたいなものをわかってくれる人間が、世界にはいるのだと本によって教わりました」。大学時代に通い詰めた下北沢の古本屋「気流舎」は、社会の主流に対抗するカウンターカルチャーやヒッピーカルチャーの本を多くそろえる店でした。

当時はリストラや派遣切りなど不況にあえぐ社会。この先どう生きたらいいのだろうと思っていたタイミングで出会ったのが『就職しないで生きるには』(レイモンド・マンゴー著)でした。自分で家や食料を作りながら、社会のシステムに依存しないで生きながら本屋を開けないだろうか――。森さんの心に、そんな思いがふつふつと湧いていました。

目指すは自給自足の本屋。大学卒業後は1年間埼玉県の有機農家に住み込みをして農業研修を受け、その後栃木県の農業学校で学び、自立への道を探っていました。そんな時、東日本大震災が発生。避難もかね、畑と本屋をやれる土地を探しながら西日本を回っていたところ、田んぼと畑がついた空き家があると話があったのが鳥取県でした。こうして森さんの挑戦が本格的にスタートしたのです。

悪戦苦闘の開業までの道のり

挑戦の道のりは険しいものでした。「縁もゆかりもない。そして車もない状態。バイトも決まらず、あっても草刈りのバイトとかをやって、生きていくのが精一杯で本屋どころじゃなかった」と苦しい日々を振り返ります。最初に話があったその地をあきらめかけていたときに、湯梨浜町でゲストハウス「たみ」を経営している三宅航太郎さんから「うちで住んでみないか」と誘われ、これが転機に。「温泉もあるし、池もあるし、近所のおばちゃんたちは気持ちがいいし。この町で本屋をやっていこうかなと思いました」。

森哲也さん 1986年生まれ。北九州出身。10歳まで北九州で過ごし、10歳から12歳までインドネシア・ジャカルタで生活。12歳からは千葉県に引っ越した。大学卒業後に埼玉県の有機農家で農業研修を受け、栃木県の農業学校で学ぶ。2011年の東日本大震災を機に、自給自足をしながら本屋を営むことを目指して西日本へ。鳥取県にたどり着き、2015年10月に本屋「汽水空港」を開業する。16年10月の鳥取県中部地震で一時閉店したが、18年7月にリニューアルオープンした。本屋のかたわら、大工や畑の仕事も楽しむ

現在の店舗は三宅さんから紹介された物件で、最初は単なる車庫。まさにゼロからのスタート。たみに来る以前から「自分に何ができるか」を必死に考え、考えついて行動に移していたのが「移動式の本屋」でした。本を入れたのは、車輪をつけた跳び箱だったというのがいかにも発想力豊かな森さんらしいところです。

写真提供:森 哲也さん

これを面白がって声をかけたのが、現在も建築の仕事でつながっている倉吉市の左官職人、佐治さんでした。平日は働きながら大工のことを教えてもらい、休日に車庫を改装。「休日はそのほかに用事などもあるので本屋の工事が進まない、進まない……。”やるやる詐欺”と言われていました」と笑って振り返りますが、自給自足、さらにはセルフビルドで本屋を作ろうとしていた森さんには必須の出会いでした。

「跳び箱を使ったのも面白がってくれる人がきっといるはずだと信じていたからです。僕にあるのは情熱だけ。それを全部自分で仕掛けるしかなかったですから」。鳥取に来て4年。2015年10月、ようやく本屋「汽水空港」をオープンさせました。

手作りの棚に並ぶのは約2000冊の本。その選書には森さんならではのこだわりがあります。「人間が生きることをテーマとした、ありとあらゆる本を置きたいですが、人の生き方や価値観を狭めてしまうと判断した本は置きません。自己啓発、ビジネス、スピリチュアルの本はあまり扱いませんね。答えが書かれた本は置かないようにしています」と森さん。

特徴的なのが、個人冊子のZINE(ジン)の多さです。特設のコーナーを設け、その種類は実に数十点。「個人的な考え、発言をどんどんしていくことが気持ちよい世界を作っていくものだと思うので、ZINEは大事にしていきたいです」。旅の記録、サラリーマンがおすすめするパンクな本の紹介、家庭料理について……。多種多様な作品がそろっています。

開業1年で襲った大地震

開業してわずか1年のことでした。2016年10月に鳥取県中部を震度6弱の大地震が発生。店の営業を断念せざるを得なくなりました。地震の衝撃も大きかったですが、当時は森さん自身も大きな悩みを抱えていたといいます。

「地震もあったのですが、精神状態がどん底でした。本屋を開いてみたものの、ただじっとお客さんを待つのが苦手だと気づきました。店番をしないといけないから大工のバイトもできず、モノ作りもできず、資金が増えるわけでもない。この土地でこうやってお地蔵さんのようにおじいちゃんになるんだろうかと思っていました」

もともと、モノ作りをすることで自分を表現することが好きな森さんにとって、本屋で本を紹介するだけでは我慢ができませんでした。と同時に、周りからの「需要あるの?」「どうせ長くは続かないよ」「趣味でやっているの?」といった言葉が、森さんの心をむしばんでいったのです。打開策にと工事を進めていた新店舗スペースも改修不可能になり、「もう死のうかなというくらい、とどめを刺されましたよね」と吐露します。

結婚、本屋復活の好循環

このころ、当時から交際していた明菜さんと結婚。自分たちが住む家を改修し、職業訓練校に通う日々を過ごしながら徐々に気持ちが復活してきたといいます。2018年2月から約半年間の工事期間を経て、以前よりスケールアップした店をオープンさせました。タイミングがよかったのが全国を旅する建築集団「パーリー建築」が鳥取市の浜村温泉に拠点を構え、また左官の先輩が独立するなど、大工仕事で声がかかることも増えました。

家の改修を頼まれたり、空き家の借り主を探しているという相談を受けたりと、いろいろなつながりが地域と生まれています。「建築現場で一緒に働く人も変わった人が多くて、そこで見聞きしたことが選書に影響したり、考えを深めることにつながっています」と話します。

写真提供:森 哲也さん

「明菜が店番をしてくれるので、僕は空いた時間に現場に出られる。いろんな条件が整ったんですよね。本はそれぞれの著者が考えたり、やってきたりした記録を読者に伝えるもの。僕は本屋としてそれを届けたい。でもそれだけじゃなくて僕は本で得たもので何かを表現したい気持ちもあって、それが大工仕事や畑なんです。具体的な物体ができていくのが好き。それも結婚して二人になったからできることですね」

また、柔和な雰囲気の明菜さんも評判がよいのだとか。裁縫の得意な明菜さんが本を入れるサコッシュならぬ「サポン(本)ッシュ」を作り、販売するなど夫婦で店を楽しむことが増えました。

2度目の挑戦で、森さん自身にも大きな変化がありました。「最初の本屋のときは、全然オープンじゃなく、わかって来てくれる人だけ大事にしていました。でも、店構えも含めてその”怪しさ”を乗り越えてきてくれる人って少ないんですよ。それじゃだめだなって。本というと小説などを想像する人が多いし、自分には関係ないと思っている人もいる。でも、たとえば趣味の世界って何かしらの本になっているし、世の中のすべてに興味がない人がいたとしても、その気持ちすら本になっています。どんな人とも関われるのが本屋なんです。だからきっかけは何でもいいから、楽しんでもらおうと思い始めたんですよね」

汽水空港では、話題の人物を招いた講演会や音楽ライブなどワークショップも充実させ、本屋にとどまらず、人の輪を広げつつあります。2019年1月には、東京でセルフビルドしてビルを作り続けている岡 啓輔さんが来鳥。岡さんの講演には、建築仲間だけでなく、関係のない地域の人も多く来場して満席に。「トーク終了後は、ライブが終わった後のようにオーディエンスが興奮していました。一人の人間の持つ”熱”が、こうして伝播していくんだなぁと思いました」と振り返ります。

本屋という箱を持つことで、森さんならではの視点が生かされるイベントを開き、小さな町に新たな文化やきっかけを生むことにつながっています。最初の挑戦のときには、孤独にもがいていた森さんがいました。「でも、今は違う」。少し丸くなった雰囲気を漂わせます。「ゼロからすべて自分でやらないといけないと思い込んでいました。復活まで応援してくれた人やお客さん、人の力の大きさにようやく気づきました。いろんな人が集まり、常識や正しいとされていることにとらわれず、多様な生き方が混ざり合うような、そんな気持ちいい感じの世の中をつくりたい。そのための自分の仕事の場所として、ここがあったらいいですね」。

苦しみながらたどり着いた今を、柔らかくなった笑顔で語る森さん。淡水と海水が混ざり合う「汽水」のように多様であろう――。森さんは、本屋とモノ作りの生活を楽しむ自身の生き方を通し、この世界に訴えかけています。

●汽水空港
住所:鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎434-18

撮影・取材・文/朴楽(bokura)
鳥取市在住のライター、フォトグラファー。「人生を豊かに」をテーマに、丁寧な取材を心がけ、地域の人々の暮らしや生き方、そこにある魅力を伝えるべく活動中。

編集/くらしさ

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