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【島根・松江】地方で本屋を営むのは大変? その答えをくれた本屋さん

【島根・松江】地方で本屋を営むのは大変? その答えをくれた本屋さん

本の中の世界を空間に。本を売るだけじゃない本屋「artos Book Store」

本やCDが売れにくいといわれる時代。全国の本屋や書店が、そのあり方と向き合っている中で、地方にありながら創業53年目を迎えたのが、島根県松江市の人気店「artos(アルトス) Book Store」(以下、artos)です。

写真提供/artos Book Store

artosの前身である「西村書店」が誕生したのは1966年。ちょうど現オーナーの西村史之(ふみゆき)さんが生まれたのと同じ年に、西村さんのお父さんが開業しました。当時は今のお店とは全く異なり、雑誌や、文庫本、漫画、ちょっぴりアダルトチックなものなどが並ぶ、いわゆる「町の本屋さん」。コンビニもない時代、人気漫画が毎週大量に届き、少年たちがいそいそと買いに来るというのが日常の風景でした。娯楽も少なく、本がたくさん売れる時代だったそうです。

分岐点となったのは、西村さんが26歳の時。お父さんが亡くなり、東京でサラリーマンをしていた西村さんが後を継ぐことになりました。「東京では、本屋とはまったく関係ない仕事をしていました。そうでなかったら、戻って本屋を継ごうとは思わなかったかもしれないし、今のような発想にはいたらなかったかも(笑)」

西村史之さん

大好きだった父親の思いを引き継ぐことを決めた西村さん。「直接仕事を教わったことはありません。伝票の書き方から配達の冊数まで、ほとんど我流。試行錯誤です」。伝票を切るだけで深夜になったこともあったと笑います。

「本のセレクト」という挑戦

西村書店から、artosへと変化した時、自分たちがきちんと続けていけるお店にリセットしようと考えた西村さん。それまでは、取次の会社から「みはからい=選別された状態」で送られてきていた本。町や店のことを知らない人にセレクトされることに、違和感を持ち始め、「これくらいの広さのお店なら、全部自分で選書してみてもいいんじゃないか」と考えはじめたそう。そして結婚から6年目、夫婦2人でお店をまわすことを決意しました。

それまでの本屋のスタイルだと面白くない。それならば、いっそ間口をせばめてやろう、と思った西村さんが、たまたま目にしたのが、ヴィレッジヴァンガード創業者の自伝でした。雑貨と、それに関連する書籍を同じコーナーで提案するというスタイルに共感し、今のartosのスタイルへ舵をきりました。店舗では大型書店のように本を全般的に扱うのではなく、雑貨と併せてセレクトものに特化しようと決意したのです。

せっかく夫婦でやるのだから、選ぶ基準は2人の「独断と偏見」を大切にしました。ただ、ポイントはそこに「この町の人々が興味を持ちそうなこと」という視点を加えたこと。この町と人をずっと見てきた2人だからこそできる、絶妙なセレクト力です。

「本の中にある世界を、立体的に見せたいと思った」

artosは、店舗だけではなく、地元のスーパーや病院、美術館、ホテルなど、店外のブックディレクションも手がけています。そのきっかけは、まだ西村書店だった頃、ローカルスーパーである「ラパン」から任された一つの本棚でした。今でこそ、たくさんのおしゃれな料理本が出版されていますが、当時は種類も少なく、artosの選書は、健康や食への意識の高いラパンの顧客層に見事にマッチし、評判を呼びました。その経験を通して、この町にも潜在的にセンスのいいものを求めている人がたくさんいると気づき、「この棚を空間にしたらおもしろいかも」というヒントを得たのです。

MASCOS HOTEL ブックディレクション

いかに本屋に足を運んでもらうか

しかし、スーパーで本が売れるのは、あくまでも買い物のついで。本屋に足を運んでもらうきっかけをつくることが課題となりました。遠目では見てもらえるけど、来客にはなかなかつながらない。そこで始めたのが、本屋でのワークショップやイベント、ライブでした。多いときで年間6本程度の店内ライブを開催。店内で行われたライブは、その距離の近さから他にはない一体感が生まれ、評判となりました。無理なくきちんと付き合っていけるアーティストのライブは恒例となり、町の人々も楽しみに待つようになっています。

おおはた雄一さんの店内ライブ(写真提供/artos Book Store)
太田夏来さんによる「お弁当の詰め方ワークショップ」

地元にはないブランドや作家を知るきっかけが生まれているのも、artosの魅力の一つです。知っている人はもちろん、ブランドを知らない人もふらりとやってくるそう。近所のおっちゃんやおばちゃんが顔を出し、ディスプレイされた服に袖を通したり、素材に触れたりすることができるのも「本屋」という場所の強み。「本を探しにきて、いいシャツに出合っちゃった」なんてことが起こるのが、おもしろいところです。

たとえば、物販のイベントをしているとき、「買うことに悩んだら、本に逃げちゃえばいい」と西村さんは笑います。本を見ながら頭を整理して、購入を決意するというお客さまも多いとか。その光景を見て、店舗に本棚をつくったアパレルショップもあるそうです。

「モリカゲシャツキョウト」の販売

「時代の先取りをしようという意識はないです。自分たちの好きなこと、店として生きていくためのことをしていたら、結果として先取りしていたということはあります(笑)」

本屋でのライブもイベントも、もちろんこの町に前例などありませんでした。他者のやり方をなぞるのではなく、自分たちがやりたいことを、2人でコツコツと丁寧に重ねてきたという西村さん。その姿はゆっくりと町に浸透し、今では”artosに行けばなにかおもしろいことがある”。そんな場所として親しまれています。

本から広がる、つながる

「地方で本屋をするのは、大変ではないですか?」そう聞かれることも。単純に考えると、人口が少ない地方は客数も少なくなります。けれど、地方の本屋は、実店舗だけでなく、学校やスーパー、病院やホテルなど、店外の業務も請け負うこともあるのです。「メインが店舗での物販のみ、という都会の本屋は、逆にすごいなと思います。一本でやっているのですから」と、西村さんは語ります。

お店に行かなくても、ネットで売買ができる時代。でも、だからこそ“生”のおもしろさが際立つ、と西村さんは考えています。自分の興味の範囲外のモノとの偶然の出合いも、お店のおもしろいところです。「電子辞書と紙の辞書の違いに似ているかもしれません」と西村さん。電子辞書は、ピンポイントでその単語だけを表示するけれど、紙の辞書はその周辺の言葉も自然と目に入ってくる。それが知識との出合いへとつながっていくのです。

「みんなが楽しんでいてくれたらいいや!だけの仕事は決してしません」と西村さん。ちゃんと利益が出るようにしないと、いいことが続けられなくなるのを知っているからです。単に本を売るだけではなく、本や物との出合いをつくること。自分たちのフィルターをしっかり通すこと。流行ではなく町を見て、ぶれずに感覚を研ぎ澄ましていくことが、artosのスタイルでした。

「やりたいことは目の前にあるけど、後ろを見たら崖。まったく保証なんてされていないですよ。けど、それでも進んでいくんですよね(笑)」西村さんはそう言いながら、やはり楽しそうに笑っていました。

写真提供/artos Book Store

●artos Book Store
URL:http://artosbookstore.com/

撮影・取材・文/井上望(YUTTEスタッフ/コピーライター) 島根県松江市にあるYUTTEは、島根と鳥取の工芸・民藝品や食品を詰め合わせたオリジナルのギフトや、お土産のお店。ギャラリースペースをつかったイベントも行っています。

編集/くらしさ

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