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作家・赤川次郎さんがエールを送る【20歳の舞踊家】有馬和歌子さん

作家・赤川次郎さんがエールを送る【20歳の舞踊家】有馬和歌子さん

20歳の舞踊家・有馬和歌子さん。令和の時代に輝く伝統芸能の新しいかたち

©︎Takashi Okamoto
大学生と舞踊家、二つの世界をしなやかに生きる

東京・目白。学習院大学のキャンパスで出会った有馬和歌子さんは、文学部哲学科に学ぶ20歳の大学生。その傍らで、坂東寛十胤の名を持つ舞踊家として数々の舞台に立ち、イベントの企画や演出にも携わる、もう一つの顔も持っています。

和歌子さん 「“大人になったら何になる?”という質問に、周りの友人たちはその時々でいろいろな夢を語りますし、大学生になって具体的に就職活動を始める今、自分がどうなりたいかを真剣に考え始める友人もたくさんいます。でも、私は幼稚園の頃から“パパみたいに踊りを踊りたいです”と言っていました

お父さまは、日本舞踊家の坂東寛二郎さん。物心つく前から日本舞踊や三味線の音色、鼓や太鼓などの音が身近にある環境でしたが、同じ職業を選ぶことをご両親に求められたわけでもないのだそう。

和歌子さん 「父の背中を見て、当たり前のように日本舞踊を仕事にしたいと思うようになっていました。そうさせてくれた両親には心から感謝しています」

学習院大学の文学部哲学科で東洋美術を専攻したのも、踊りの道に活かせることを学びたいと思ったから。

和歌子さん 「幼い頃から母に買ってもらった美術の本を眺めるのが好きでした。昔の絵画を見て、子どもながらに何かを感じ取っていたのでしょうか。まだ3年生ですので東洋美術全般を勉強していますが、宮中画のように限られた層の方のために創作されたもの、浮世絵など庶民の広い層に受け入れられたもの、対象によって描き手が追求する世界観も作品も異なりますし、時代によって評価や価値が変化することも面白く感じています。東洋美術を学ぶことで、日本舞踊の生の舞台を違う視点から見つめ直すことも多いですね」

©︎Takashi Okamoto

楽屋が遊び場だった幼い頃

“日本舞踊が好き”である以前に、日本舞踊の公演が行われる“国立劇場の楽屋の空気が好き”という和歌子さん。アルバムには、生まれてほんの数か月の赤ちゃんの頃に、お父さまの公演の楽屋で撮った貴重な写真も残っています。

長唄“菊づくし”で初舞台を踏んだのは、わずか2歳のとき

和歌子さん 「普段はずっと年の離れた落ち着いた頼もしい存在と思っている大人たちが、いつもとは違うエネルギーを放出している姿や緊張感にびっくりして泣いてしまったことを覚えています。テープで聴いていたのと舞台稽古のときの生演奏とで歌詞が違う部分があって、立三味線の芳村伊十七先生に“お唄が違います”と言いに行ったら先生がテープの歌詞に合わせるよう指示をされ、にこにこしながら演奏してくださった、というエピソードがあります。今思えば僭越で冷や汗が出ますが、無邪気な子どもが臆せず楽しく舞台に立てるよう、きっと多くの大人の方々が心を配ってくださっていたのですね」

残念なことに現代、ピアノやバレエのお稽古をする子どもは多くても、邦楽や日本舞踊に触れる機会はほとんどない。

和歌子さん 「幼い頃から邦楽独特のリズムや音色を感じることができた経験には本当に感謝していますし、もっと多くのお子さんに、こうした機会を持っていただきたいと考えています。初舞台では衣裳の色が、いつもクレヨンや色鉛筆で親しんでいる黄色とはどこか違うと思ったことも覚えていますが、思えばこれも“和の黄色”“日本の伝統色”との出会いだったのでしょう」

父から学んだ日本舞踊家としての在り方

そんな和歌子さんにとって初舞台以来、師匠でありいちばん身近な日本舞踊家として目指す存在でもあるのが、お父さまの坂東寛二郎さんです。

和歌子さん 「友人の家の親子関係と比べてみると、ちょっと特殊な関係かもしれません。普段、家ではもちろん普通の優しい父ですが、稽古場では“先生”になり、距離感が変わります。そして舞台では時に夫婦や恋人として踊ることもある“共演者”。親子ではありますが舞台人としてそれぞれの個性をぶつけ合うこともありますね」

お父さまが主宰する舞踊公演「寛和会」で、和歌子さんは「操り三番叟」「京人形」「将門」などの大曲に次々と挑戦してきました。肉体の表現である舞踊は、身体が思い通りに動く時期と、表現が円熟味を増していく時期、それぞれで舞台の印象が変わります。年齢的にその両方を兼ね備えている今のうちに娘と共演し、たくさんのことを伝えたい……というのは父として、師匠として、舞踊家としての寛二郎さんの愛情なのかもしれません。

和歌子さん 「絵画などの美術作品は何百年も先まで残りますが、日本舞踊のような舞台芸術は、そのとき同じ時間と空間を共有したお客さましか体験できないものです。でも父は“感動は一生残るよ”と言っています。指先まで神経を行き届かせていないと舞台は死んでしまいます。“何を踊ったか”ではなく“どう踊ったか”。ご覧になる方の心に残る、生きた舞台でなければならない……父から学んだ大きな教えの一つです」


子どもたちに、日本舞踊を通してこの国の文化を伝えたい

ご自身が舞台に立つことと並行して、今、和歌子さんが力を注いでいるのが、以前レアニッポンでもご紹介した「子供舞踊塾」。日本舞踊を中心に、日本文化を総合的に学び親しむ短期集中プログラムとして坂東寛二郎さんが監修し、和歌子さんが代表をつとめています。

和歌子さん 「昨年のプログラムでは、3歳から12歳まで、約20人の子どもたちが日本舞踊を通して礼儀作法や日本の文化を学び、舞台に立てるまでに成長しました。私は日本舞踊そのものや自分が踊ることも好きですが、舞台をつくり上げていく過程がとにかく好き。子どもたちはもちろん、衣裳さんや鬘屋(かつらや)さん、床山(とこやま)さん、顔師さんなど、公演に携わるすべての方々が心を一つにして本番に向かっていく経験には、たくさんの学びや感動がありました。今年も10月22日(火・祝)の『日本橋公会堂』での公演に向かって、参加者の募集が始まっています」

子どもたちに教えることで和歌子さん自身が成長することも

和歌子さん 「どう動き、どう踊ればよいのか。自分では理解できていても、それを言葉でわかりやすく伝えるのは難しいことです。手にしていた団扇が傾いてしまう子に“ジュースを持っていると思って、こぼれないよう角度を考えてみて”とか、腕を伸ばして移動させるときも“目の前に画用紙があって、クレヨンでまっすぐ線を引くように手の先を動かして”とか、自分が子どもの頃に父に言われて動けるようになったことを思い出しながらつとめています」


日本舞踊の新しい可能性を探して

価値観やトレンドが目まぐるしく変化する時代のなかで、日本舞踊を生で鑑賞する機会は、誰にでも身近にあるわけではありません。

和歌子さん 「東京オリンピック・パラリンピックが来年に迫ってきて、日本文化の本質を知りたいと思う方は世界中に増えていますし、日本の中でも海外から注目されることで、改めて自国の伝統芸能を見直すことができるよいチャンスだと思います。お座敷や劇場といったこれまでの日本舞踊を披露する場だけでなく、もっとさまざまな形のイベントやパフォーマンスが考えられるのではないでしょうか」

和歌子さんのそんな思いが強くなったのは、大学一年生の春、奈良の東大寺大仏殿で開催された「EARTH×HEART LIVE 2017 for Children 大仏開眼1265年慶讃」に出演したときのことでした。

和歌子さん 「ピーボ・ブライソンさん、石井竜也さん、大黒摩季さん、小柳ゆきさんなどによるパフォーマンスのオープニングに、二胡の賈鵬芳さんの演奏、野沢雅子さんの語りで、大仏開眼の物語を舞踊で披露させていただきました。歴史ある大仏殿を背景に、5200人もの観客の前での幻想的なステージは圧巻でしたし、演出やライティングも素晴らしかったです。そして、どんなジャンルでも一流の表現者の方は人間的にも素晴らしく、気配りも細やか。まだ10代だった私にも声をかけてくださり……勉強になることが沢山あった貴重な経験でした」

さらにコンピューターメーカーの「レノボ」の世界各国の社員が一堂に会するイベント「Lenovo Asia Pacific Kickoff」では、お父さまと「連獅子」を披露。

和歌子さん 「各国の役員の方々に、紋付袴を着て、舞台でコーポレートカラーの晒し布を振っていただく演出を加えました。主催者やご覧になる方のニーズを知り、誰のためにどんな舞台をつくり上げるかを考える、よいきっかけになりました」


作家・赤川次郎さんから、有馬和歌子さんへのエール
©︎Takashi Okamoto

大学での講義と講義の間に、企業の広報担当者と電話やメールでやり取りしたり、地方での公演を終え朝一番の新幹線でテストに滑り込んだり。大学生と舞踊家の二つの顔をもつことで、同世代よりも少し早く社会と接点を持ち、大人とも関わる日々。そんな和歌子さんの周囲には“応援団”とも呼ぶべき人生の先輩がたくさんいます。

『セーラー服と機関銃』『三毛猫ホームズ』 シリーズ、『鼠』シリーズなど多くのベストセラー作品を生み出してきた作家の赤川次郎さんも、そのお一人です。

「僕はお父さまの寛二郎さんとの共通の知人のご縁で、和歌子さんが坂東寛十胤の名で名取となった中学生のときの舞台からずっと観ています。最近の親子での共演の舞台は、“お父さまは嬉しいだろうな”“こんなに大人になったのだな”と感慨深く拝見しました。和歌子さんが踊りを好きなことは、初めて舞台を観たときから、ひと目でわかりました。『子供舞踊塾』での活動も、和歌子さんが日本舞踊が好きで、楽しんで、一生懸命やっていることが子どもたちにも伝わっているのでしょう。ハードルが高いと思われがちな和の稽古事に次の世代を招き入れる、よい取り組みだと思っています。日本舞踊の世界では、80代、90代になっても踊り続けている人が多いので、20歳になったばかりの和歌子さんなら、まだまだ失敗しても許されます。伝統は、新しくしていかねば続かないもの。今のうちにいろいろなことに挑戦していただきたいですね」と、赤川次郎さん。

伝統を受け継ぎつつ時代の中で日本舞踊の新しい可能性を探る和歌子さんへの心強いエールをいただきました。

和歌子さん 「赤川先生ご夫妻をはじめ、色々な分野の人生の先輩に応援していただいていることには感謝しかありません。伝統を受け継ぐということは、守るべきものと新しくすべきものの両方が必要だと思っています。私は実は保守的なので、何でもやみくもに新しいことをやりたいというわけではないのですが、よりよい舞台をつくり、お客さまに喜んでいただくために、ときには冒険もし、ワクワク感と冷静さの両方を持って進んでいきたいと思っています。止まっているだけでは、何も始まりませんから」

●有馬和歌子● 平成10年東京都生まれ。平成13年2月、父である坂東寛二郎に入門。国立劇場にて開催された第3回「寛和会」にて「菊づくし」で初舞台。平成24年、坂東流名取取得(坂東寛十胤)。平成28年、坂東流師範取得。現在は学習院大学哲学科で東洋美術史を学びつつ、舞台、イベント、テレビなどで活躍中 ©︎Takashi Okamoto

●子供舞踊塾
Facebookページ
URL:https://www.facebook.com/子供舞踊塾-975955709272008/

お問い合わせ/坂東寛二郎オフィシャルウェブサイト
URL:http://bandokanjiro.com/contact.html

構成・取材・文/清水井朋子

撮影協力/学習院大学

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