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【青森・弘前】元米軍兵のギャレス・バーンズさんが語る、クラフトビール造りの流儀とは?

【青森・弘前】元米軍兵のギャレス・バーンズさんが語る、クラフトビール造りの流儀とは?

クラフトビールを造る、元米軍兵のギャレス・バーンズさんは青森県在住。地元ではタレント活動や津軽三味線奏者として有名で、英会話教室の教師といった経歴も持ちます。不思議な魅力を持つギャレスさんのその人柄と、青森に住むようになった経緯を読み解いていきます。

この記事は、特集・連載「夏のクラフトビール特集」青森編 Vol.2です。

青森に住み着いた元米軍兵

ギャレスさんは1984年生まれで、米国・フィラデルフィア出身。14歳の時からアルバイトを始め、スーパーのレジや家電店の営業をしていたといいます。学校にはあまり行かず、真面目な学生ではなかったよう。高校卒業後、空軍に入隊。配属先を爆弾処理班に志願しました。その理由を「少しでも難しいところで挑戦したかった」と振り返ります。

2005年、ギャレスさんが20歳の時に青森県にある三沢空軍基地に爆弾処理班として配属されました。半年後には中東へ派遣。本人はあっけらかんと話しますが、簡単に入隊できるところではないし、1年も経たずして前線に送られるようなことはないのでは? きっと、人並み以上の努力があったはずです。しかし、ギャレスさんは「人と同じことはしたくなかったから」とだけ話します。

その1年後。三沢に戻ってきたギャレスさんは、新たな配属先への辞令が渡される前に空軍を辞めました。「このまま日本を満喫せずに、他の場所へ行くのは性に合わない」とギャレスさん。津軽三味線にハマったことが、青森に残るきっかけの一つにもなっていました。

その後就職した英会話教室では、給料の未払い問題などがあり苦い経験をしましたが、ギャレスさんは自ら英会話教室を開くことにしました。最初こそうまく行かなかったようですが、タレントとしてテレビ出演などの依頼が増え、地元テレビで活躍。英会話教室も軌道に乗り始め、今でも週一度、授業を欠かさず行っています。

クラフトビール造りを始めた訳とは?

ギャレスさんが日本で初めてクラフトビールを飲んだのは、青森でした。「どこでも同じ味がするビールとは違い、個性があった。こんなにおいしいビールが何故あまり流通しないのか。疑問から始まった」とギャレスさん。

ギャレスさんの母国では、大手メーカー製のビールより地域色の強いクラフトビールが人気で、試算では、醸造所の数がこの十数年で6倍に増えたといいます。国の事情が異なることはもちろんありますが、ギャレスさんにとって、青森で醸造所を作ることができないかと模索するには十分な発見でした。

さらに「日本では、ワインや日本酒の種類は豊富で選択肢がたくさんあるが、ビールに関しては選択肢が少ないようにも感じていた」と答えます。また、「地元の人たちにクラフトビールは誰も飲まないと否定されたから」とも。反骨精神に火がついたギャレスさんは、早速クラフトビールを造っている人にアドバイスをもらいにいきました。

そしてギャレスさんは、醸造所自体を自分で作ることに。「わからないことは、ユーチューブとグーグルで検索して調べた」と話しますが、爆弾処理班としての経験も活きていたのではないでしょうか。当時の本業である英会話講師の仕事が終わった後に醸造所の組み立てを始め、連日深夜まで格闘していたと振り返ります。

手作りなのは醸造所だけじゃなかった

作り始めて2年後の2016年に醸造所は完成しましたが、それまでの道のりは決して安泰とは言えず、心が折れたことが何度もあったそう。併設するタップルーム(バー)は「ギャレスのアジト」として開業。その時ギャレスさんには現金はほとんど残っておらず、スタッフも無給だったそうです。

しかし、オープンすると県外からのビールの注文が増え、県内の人たちも足を運んでくれるようになり、すぐに発酵タンクを追加するほどの人気店に。地元ではタレント活動で人気だったこともありましたが、県外からの注文が増えたことはスタッフたちも想定していなかったようです。

写真提供:Be Easy Brewing

背景には、ギャレスさんのキャラクターと独特の営業スタイルがありました。「『買ってください』とは絶対お願いしない。注文してくれた店にはほぼ必ず足を運び、直接話をして信頼関係を築く」とギャレスさん。14歳の時には家電の営業をしていたという、ギャレスさんならではの方法なのかもしれません。

実はビアサーバーもギャレスさんのお手製。青森県内でのみ提供している「青森エール」のビアサーバーは、冷蔵庫を改造して作っています。「できるものはすべて自分で作る」という姿勢は、食材も同じです。野菜やソーセージなど、店内の料理で使われる食材のほとんどが自家製。「既製品で食べたいなら他の店でもできる。自分にしかできないことをやりたい」とギャレスさんは話します。

次々と生み出される新しいクラフトビール

ギャレスさんの反骨心はあらゆるところで発揮されています。自家製の食材を作る畑を取得する際も、「農業はたいへんだから、やめたほうがいい」といった反対の声があったとか。高卒という学歴で判断する人たちも、中にはいたといいます。しかし、ギャレスさんはこれらの否定的な反応に「be easy(気楽にいこう)」と対応してきました。これはギャレスさんの屋号にもなっています。

「結果は出している。雇用も生み出し、地域色を出したクラフトビールも造った。私のビールを目当てに青森に来るようになった人たちもいて、青森に来た人たちには青森を気に入って帰ってもらっているはず」とギャレスさん。

各地からコラボビールの依頼があり、醸造所を視察に訪れる県外の人も多いそう。「タンクの利用に関して自由に容認してもらえる。思いどおりに使わせてもらえることから、コラボもしやすい」といったギャレスさんの懐の大きさを感じるエピソードも聞くことができました。

東京・目黒のビアバー「Another8」とコラボした、ざくろのピューレを使ったビール 写真提供:Be Easy Brewing

アメリカから青森へ、兵役で来たことをきっかけに住み着くことになったギャレスさん。異国の地にもかかわらず、次々と新しいことを形にし、みんなの想像の上をいくことを実現してきました。フレンドリーな人柄や歯に衣着せぬ言動が彼の魅力ではありますが、何よりもその行動力が人を惹きつける魅力ではないでしょうか。北の青森という地方都市から、これからも新たなビールを次々と造っていくことでしょう。

ギャレスのアジト
住所:青森県弘前市松ケ枝5-7-9
TEL:0172-78-1222
定休日:月曜・火曜
営業時間:17:00〜23:00(土曜のみ11:30〜23:00)
URL:https://beeasybrewing.com


撮影・取材・文/工藤健
青森在住のライター。埼玉出身。2012年まで都内でウェブディレクターやウェブライターを生業にしていたが、地域新聞発行の手伝いをするために青森へ移住。田舎暮らしを楽しみながら、ライターを続けている。自称りんごジャーナリスト。

編集/くらしさ

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