「春は山菜を採り、夏には魚を釣って、一緒に料理をして食べよう。秋は庭に果樹が実るからジャムやジュース、冬は大きな塊肉でベーコンづくりなんてどうかな」
小説や絵本にでも出てきそうな、素敵な提案。それを現実にしてくれる小さな宿が、長崎県・大村湾のほとりにあります。

ここは1日1組限定、ご夫婦2人だけで営む、大自然のなかの小さな異世界。
もともとアウトドア用品を販売していた自然遊びのプロであるご主人が、「大自然の暮らし・遊びを伝えられる宿がやりたい」という奥さまの願いを叶えるためにスタートしました。
ご家族・ご友人・近所の方々の手を借りて、半分以上DIYで建てたという宿は、リビングとベッドルームが1つずつというシンプルなつくり。

どちらもゆったりとした空間にアンティーク調の家具が配され、目の前の海を見渡せる大きな窓が特徴的です。


私のお気に入りはリビング。アイランドキッチンを中心に、宿のご夫妻や仲間との会話が自然に弾む、温かい空間が広がっていました。

テラスも素敵で、海に向かってソファーやベンチ、ハンモックが設えられています。

忘れちゃいけないのが、この宿の看板ネコである“コロちゃん”と“トラちゃん”。気分屋の彼女たちは外出も多いですが、気が向いたときには足元に擦り寄ってきて、旅人たちを癒やしてくれます。

周りには建物もほとんどなく、宿から見渡せるのは、ただひたすら大自然。この空間を貸切できるとは、なんとも贅沢ではないでしょうか。
そして、贅沢なのは空間だけではありません。この宿では私たちの日常にない、さまざまな特別体験を味わうことができます。


それが冒頭で述べた「春は山菜を採り、夏には魚を釣って、一緒に料理をして食べよう。秋は庭に果樹が実るからジャムやジュース、冬は大きな塊肉でベーコンづくりなんてどうかな」という台詞。
これらは実際に、宿がお客さん向けの体験コンテンツとして用意しているもの。
他にもシーカヤックやハーブウォーターづくり、貝採りなど、この土地ならではの大自然を楽しめる提案が山盛りです。

私はそのなかの「自分で釣った魚を料理して食べるプラン」を選択。
泊まった翌朝、10:30頃に宿を出て、ご主人の船でのんびり釣りへ向かいました。
大村湾は湖のように穏やかで、波はほとんどありません。そんな湾を15分ほどクルージングした後に、ご主人の用意してくださった道具を借りて、とにかく“手軽”な釣りにチャレンジしました。

道具のセットやエサ付け、魚外しなど、初心者・女性・子供の苦手な作業はすべてご主人任せ。竿を垂らして魚を誘い、実際に釣り上げるという“美味しいところ”がお客さんの役割です。

たくさんの魚が生息する大村湾は、釣りが初めてという方でも安心して楽しめる豊かな釣り場。レクチャー後の第一投目から、大きなキスが2匹も釣れました。
普段味わうことのない、生きもの特有の「ブルブルッ」という引き。大自然の中で生命を感じ、それを「獲る」という体験は、私たちが忘れてしまった狩猟本能や生きものへの畏敬の念を呼び覚ましてくれます。
ご主人との会話を楽しみながら釣りを終えたら、魚と共に宿へ。釣りたての魚を、さっそく料理していきます。

まずはご主人にお手本を見せていただき、その後、魚捌きに挑戦。
丸のままの魚を触ること自体が初めて…という方がほとんどですが、いざやってみると、大人も子供も夢中になるそうです。

捌いた魚は、地の野菜と共に天ぷらに。もちろん、揚げたてをすぐに食べることができます。
釣りたての魚は臭みがなく、ふわっふわジューシー。旨味が強く、何匹でも食べられてしまいそうな美味しさでした。
しかも“自分で釣った”という特別感が加わって、喜びや感謝など、普段の食事で忘れてしまいがちな感情も湧いてきます。


ちなみにこちらの宿は、通常の食事も豪華。ご夫妻の釣ってきた魚が宿前のイケス(海中の網)で飼われており、食事に合わせて〆められるので新鮮そのもの。
和から洋までさまざまなご馳走が振る舞われるのですが、なんとこんなに贅沢な食事が朝・夕ついて1泊10,000円(3名以下は12,000円。子供料金あり。釣りなど体験コンテンツは別料金)なのです。

思わず「安すぎるから、もっと価格を上げたらどうですか?」と言ってしまいました。
しかし、ご夫妻は「私たちは儲けたくて、この宿をやっているんじゃないんです。残りの人生を夫婦で、そして私たちと同じように自然の暮らしや遊びを大切にしたいと思う方々と、楽しく過ごせたらと思ってやっています。だから、継続できるだけの稼ぎがあれば十分です」とニコニコ答えられました。

この宿に来てから、ずっと感じていた温かな空気。これは、ご夫妻の人柄がそのままにじみ出たものだったんだな…と、こちらまで温かな気持ちになりました。


宿では、他にも希望すれば「押し寿司づくり」や「昔ながらのカキ氷機」で氷を削って食べたりもできます。
宿にいる間中、素敵な体験や気づきがそこかしこに待っているので、お邪魔する際はオープンな気持ちでどんどんチャレンジしてみてください。
湾のほとりの小さな宿には、とても大きな優しさと、溢れるほど魅力的なコンテンツがたくさん詰まっていました。
また、季節を変えてお邪魔します。
小さな海から・・・
URL:http://chiisanaumi.jugem.jp/
撮影・取材・文/中川めぐみ
釣りアンバサダー 兼 ツッテ編集長。釣りを通して感じられる日本全国の地域の魅力(食、景観、人、文化など)を発見・発信するため、メディア「ツッテ」の運営や、初心者向けの釣りイベントを実施。自ら全国の港を飛び回っており、2018年は100地域での釣り旅を計画。レアニッポンでは全国の港町で見つけた地域や海にまつわるおもしろいものをお伝えしていきます。URL:https://tsutte.jp