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北海道から移住、異業種からクラフトビールのブルワーに転身した夫妻【秩父麦酒】

北海道から移住、異業種からクラフトビールのブルワーに転身した夫妻【秩父麦酒】

この記事は、特集・連載「全国から厳選!クラフトビール特集」埼玉編 Vol.2です。

酒どころである埼玉・秩父地域に2017年に誕生した「秩父麦酒(ちちぶビール)」。秩父地域で初めてできたクラフトビールは、北海道出身の丹 広大(たんこうだい)さん、祐夏さん夫妻により造り出されています。なぜ北海道出身のお二人が秩父でビール造り始めたのか。お話をお伺いしました。

ビール好きが高じて、ビール造りの道へ

夫の広大さんは函館出身、妻の祐夏さんは旭川出身の40代。2人を結びつけたのは、函館の「Beer BAR 山下」の店長でした。本場イギリスのビアパブを彷彿とさせる空間で、美味しいギネスが飲める名店です。現在は閉店されたとのことですが、丹さん夫妻にとって忘れられない味とのこと。ビールが結びつけた縁で2010年に結婚し、翌年の新婚旅行では、ドイツ・ミュンヘンのオクトーバーフェストへ。オクトーバーフェストとは、世界最大規模のビール祭りで、毎年9月~10月に2週間も開催されます。

そこで本場のビールの多様性を知り、日本のビールのイメージが弱くてもったいないと改めて感じたのだそう。「日本ではビールが嫌い、苦手という声も多くて、それはビール特有の苦味や、お酌文化によるめんどくさいイメージのせいも大きいはず」だと。

これは、秩父麦酒を造るにあたって一つの指針となりました。その後丹さんはビールファンとしていろいろな地域でビール造りの手伝いやワークショップに参加。特に、埼玉県羽生市にある醸造所「羽生ブルワリー」の市岡さんは、丹さんがビール造りの師と仰ぐ人物。彼の影響を受け、「自分も将来的に、終生職業として細々とでもビール造りに携われたら」と、そんな夢を描くようになりました。

ちなみに、秩父で醸造所を立ち上げる前、広大さんはスポーツジムのパーソナルトレーナーをしていました。祐夏さんは皮膚科医師で、現在も兼業中。秩父に来たきっかけは、2014年1月、祐夏さんが秩父地域の病院に転勤したからでした。

老舗酒造会社に眠っていた、ビール醸造装備との出会い

しかし移住した翌月、秩父は記録的な大雪に見舞われます。雪が滅多に降らない秩父で、1mもの積雪が町から山まで埋め尽くしたのです。大雪と吹雪で、雪慣れしていない秩父は、道路はもちろん町の機能もストップする前代未聞の事態でした。引っ越ししてまもなくの散々な仕打ちですが、これが秩父麦酒に結びつくきっかけとなったというのですから不思議なものです。

「大雪の中、唯一歩いて買い物に行ける場所は近所の『モンマートふかた』というコンビニだけでした。こちらのオーナーの深田和彦さんはなんと、この数年前にワイン好きが高じてワイナリーを立ち上げた方。このコンビニでもお酒の販売に力を入れていました。ただのコンビニだと思っていたのに、販売されているお酒のラインナップを見て驚き、そこから親しくなって、深田さんのワイナリーの葡萄畑の仕事を手伝うようになりました」(広大さん)

その後丹さん夫妻が深田さんを通じて紹介されたのが、秩父市吉田地区の秩父菊水酒造(現・株式会社タイセー 秩父菊水酒造所)に眠っていたビール醸造装備の存在でした。

「秩父菊水酒造が所有していたビール醸造装備は、先代がビール造りに乗り出そうと張り切って機材を揃えたものの他界して機会を失い、結局一度も稼働せずに10年間眠っていたもの。このままではもう、廃棄もやむなしという状態で出会った縁でした」

当時は秩父でもビール造りに挑もうとする声が実際にいくつかありましたが、ビール造りを仕事にするハードルは高く、話も流れてしまっていました。ちょうど、酒税法が2018年に改正されることになり、それによって始めるなら今しかないと決断を迫られ、2016年、丹さんが独立独歩で醸造会社を立ち上げることになったのです。

広大さんは37歳で秩父麦酒を起業。ブルワーとして専任でビール造りに従事する経験がないまま、思い描いていたより10年ほど早いスタートを切ることになります。

酒造会社の一角を借りて醸造所をスタート

装備一式を買い取ることは決めたものの、秩父のどこで醸造所を開くかは悩んだそうです。

「秩父菊水酒造は現在、酒造事業を縮小、酒蔵としての存在は小さくなっていました。『町からこの建物が消えたら、吸引力も失われてしまう。この風景を守りたい、酒造りをすることでこの土地を盛り上げたい』という思いで、醸造所は菊水酒造の敷地内に建てさせてもらうことに。瓶詰め工場だった建物を借りて、土台はDIYで整えました。菊水酒造の先代の奥様は、先代が夢半ばで残したビール醸造所が日の目を見て、涙を流して喜んでくれました」

こうしていざ立ち上げたものの、醸造免許の取得にも時間がかかる。異業種からの転身、しかも移住者ということで、地域内の勝手もわからない、ましてや古い文化も根強く残る山里で、新事業を展開するのは一筋縄では行きません。

日本最大級のビールイベントで注目され話題に

山あり谷ありの中で進みながらも、初年度の醸造量は当初予定していた4倍とフル稼働。そして、秩父麦酒がクラフトビール業界で注目される時がやってきます。2018年の秋、ご当地クラフトビールが全国から集まる日本最大級のビールイベント、さいたま市の「けやきひろばビール祭り」に初出店し、いきなり大行列を作るのです。ひっきりなしに並ぶお客さんから寄せられるのは、「自分が埼玉出身だから」「秩父に親戚がいるから」と、地元出身者からの応援の声でした。

当初、秩父出身ではない自分たちが「秩父麦酒」と命名することに迷いがあったそうですが、「こうやって支持してくれるのは、秩父と名前を付けたお陰なんだ。秩父麦酒と決めて良かったんだなと思いました」と、祐夏さん。

「秩父麦酒と名付けたからには、自分の代が終わっても次世代に残していけるようにしたいと思っています。造り手不足にならないよう、継承してくれる人が現れるように、僕たちの代で価値やストーリーを作り上げていきたいと思います」と、広大さん。

さまざまな縁が重なって、この地でビール造りを始めることになった丹さん夫妻。移住者でありながら、しっかりと秩父という土地に根付き、大きな展望を持つ姿に、地元の人々からも大きな期待と応援が寄せられています。


秩父麦酒
https://www.facebook.com/BEARMEETBEER/

撮影/持田 仁
取材・文/渋谷夕子

編集/くらしさ

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