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小さくても本当のことを―鳥取の人気パン屋「タルマーリー」の挑戦

小さくても本当のことを―鳥取の人気パン屋「タルマーリー」の挑戦

この記事は、特集・連載「夏のクラフトビール特集」鳥取編 Vol.2です。

鳥取県智頭町の山間で、経済第一主義の流れに異を唱えて、自然と体に良いものを追い求めてきたパン屋「タルマーリー」。鳥取で店を構えた4年前、「小さくても本当のことをやりたいんですよね」と代表の渡邉 格(いたる)さんが話されていました。今やパンにとどまらず地ビール造りにも力を入れ、人口7千人の町に、全国や海外からも客を呼び寄せています。

導かれるようにパン屋に

東京の有機農産物の卸販売会社で働いていたころ、利益第一主義のもとに「食」がずさんに扱われていた状況に違和感を覚えた渡邉さんは、ある日、夢を見たといいます。「死んだ祖父が出てきて『お前はパン屋をやりなさい』と言ったんです。俺、全然パンを食べなかったのに、不思議ですよね」と渡邉さん。神の思し召しのようなこの出来事をきっかけに、運命の歯車が動き出します。当時は同僚で、のちに妻となった麻里子さんとともに2008年、二人の名前からつけたパン屋「タルマーリー」を千葉県いすみ市にオープンさせました。

パン職人の修業時代は、1日の労働時間が15時間だったことも。価格競争に勝つためには安く大量に作る必要がありました。費用削減で労働賃金も絞られる悪循環。「このままでは職人の技術が落ちてしまう」と焦燥感を募らせたそう。純粋培養のイースト菌で誰もが簡単にパンを作れる時代。利潤を追求しすぎる資本主義ではない価値観を求めていたはずが、気づけばパン業界こそその渦中にあったのです。そんな中、渡邉さんが辿りついた答えが天然麴菌を用いるなど、天然酵母にこだわったパンでした。

智頭町でのパン作り

千葉県で創業し、自家製酵母と国産小麦だけで発酵させる製法を習得。東日本大震災後に良い水を求めて岡山県に移住し、天然麴菌の自家採取に成功するなど技術を向上させてきました。智頭町に来てからは培ったパンの発酵技術を生かしてビール製造を始めただけでなく、「これまでのパンのレシピを全部変えましたね」とこともなげに言います。

「それまでは毎日酵母を調整してパン生地を作って、次の日に焼くというサイクル。毎日生地を作るというのが最も大変なところでした」と言い、智頭町では1週間分の生地をまとめて作り、それを長期間冷蔵できる製法をあみだしました。酵母は酒種、レーズン、ビール、ライ麦、小麦の5種類。それまで酵母は単体で使っていたのですが、すべてのパンにビール酵母を併用するようになったそうです。ビール酵母に含まれる酵素がでんぷんを糖化して、酵母の餌を常に与えてくれるので、酵母の調整も簡単になったとか。現在は、渡邉さんはビール造りに集中し、パン作りはしっかりと弟子に受け継がれています。

実はもう一つ、智頭町に来て変わった点があります。それはパンが柔らかくなったこと。「周りは高齢者が多い地域、その影響もあるかもしれません。彼らが食べやすいものにもしたかった」と渡邉さん。その味はますます優しくなりました。

地域内循環を目指して

思い立ったら即行動という渡邉さんの性格。店も創業時からやりたいことが増え、変化を繰り返してきました。「タルマーリー」はこれまで千葉県、岡山県と二度拠点を移転。押しも押されぬ人気店となりましたが、突如として智頭町に移転したのです。これを「運命でした」と振り返ります。

天然菌ときれいな天然水、そして自然栽培の素材―。それらと自身の発酵技術が合わさることで「タルマーリー」にしかないもの作りができると踏みました。智頭町も元保育園の活用方法を探しており、移転先がとんとん拍子に決まったといいます。そのころから今も変わらず、「タルマーリー」が目指しているのが“地域内循環”。地域の素材を生かし、適正な労働をして適正な価格で販売する。そして、その利益が地域内にきちんと循環する。その生産活動を通して、地域の資源を守っていくことにつなげる。その好循環ができる場所として、可能性を感じたのが智頭町だったのです。

まさに目指してきた好循環が起こり始めている「タルマーリー」。「自然栽培のライ麦を作ってくれる地元の人が何人か出てきていて、それを使ったパンも作り始めている。こうやって地元のものを使った商品がどんどん作れたらうれしい」と渡邉さんは笑顔を見せます。

店のカフェスぺースでは地元の野菜を使った絶品のピザや獣害となるジビエを使ったハンバーガーなど独自のメニューも楽しめます。もちろんそれと合わせて、クラフトビールを味わうお客さんの姿も多いそう。

パン以外にも地域内循環は進んでいて、「タルマーリー」が現在店舗としている元保育園の園長さんがピザに使うトマトの自然栽培を始めたり、近隣の林業家が「タルマーリー」がビール造りを始めると知ってすぐホップを作り始めたり。人を巻き込んでいく渡邉さんのバイタリティーと、それを受け入れる智頭町の風土がうまく絡み始めています。

今年は新卒の採用もし、それぞれが得意なことを好きな分野で発揮できる環境も徐々に整ってきているといいます。「働き方の多様化も目指したいんですよね。ここでしかできないこと、やりたいことが形になってきている感があります」と手応えをにじませます。スタッフたちが自主的に始めた元園庭の野菜畑に目をやりながら、渡邉さんの顔に笑みがこぼれました。


タルマーリー
住所:鳥取県八頭郡智頭町大背214-1
TEL:0858-71-0106
営業時間:
◇パン販売/11:00~17:00
◇カフェ営業/平日 11:00~15:00 L.O.(ピザ14:00 L.O.) 休日 11:00~16:00 L.O.(ピザ15:00 L.O.)
定休日:火曜、水曜

撮影・取材・文/藤田和俊
鳥取県を拠点に活動するフリーのフォトグラファー、ライター、編集者。地元新聞社の記者を辞め、2019年6月に独立。「人の心が豊かになるように」をモットーに、そこにあるストーリーや本質を大切に取材する。人物を中心とした取材・撮影、書籍制作、企業や団体のブランディングなど幅広く携わる。

編集/くらしさ

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