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一年にひと月ほどしか歩けない断崖絶壁の秘境・黒部峡谷「下ノ廊下」

一年にひと月ほどしか歩けない断崖絶壁の秘境・黒部峡谷「下ノ廊下」

まずは2枚の写真をご覧いただきたい。

黒部立山アルペンルート トロリーバス黒部ダム駅展示写真より

ヤバない? これは1925年から1929年にかけ当時の電力会社が水力発電所建設のため調査用にと富山県・黒部峡谷に切り開いた歩道「旧日電歩道」です。とりわけ核心部「下ノ廊下」の道幅は狭いところで50cmほど、谷底まで100m以上落差のある断崖絶壁がえんえんと続く登山上級者ルートでもあります。

なおかつ標高が高い急峻な谷あいゆえ雪解けと歩道整備が遅く、歩けるのは例年9月末から10月末まで。つまり、一年にわずかひと月ほどしか歩けないレアトレイル、山好きにとって「いつかは歩いてみたい」憧れのルートなのです。

今回は、宇奈月温泉から延びる黒部峡谷トロッコ電車の終点・欅平から、阿曽原温泉や仙人谷ダムを経由し、黒部ダム(黒四ダム)に至るオーソドックスな行程。高低差はそんなにありませんが、欅平から黒部ダムに向かって標高が少しずつ上がっていくため、逆ルートでスルーハイクする人も多いようです。

朝9時すぎ。深夜バスに北陸新幹線、富山地方鉄道、黒部峡谷トロッコ電車を乗り継いでたどり着いた欅平駅。トロッコ電車は夏でもめちゃくちゃ寒いので、防寒着必携ですよ
準備だ食事だなんだで、出発は10時前。観光客で賑わう駅を離れて一気に350mほど登ります。運動不足にいきなりの洗礼だよ

40分ほどで展望台。遠くに後立山連峰。ギザギザに見える不帰嶮(かえらずのけん)も危ないのよねえ。

展望台からほどなくして初日の宿泊地・阿曽原温泉まではアップダウンの少ない断崖絶壁、その名も「水平歩道」が始まります。ややこしいんですが、欅平から阿曽原温泉までが「水平歩道」、阿曽原温泉の先の仙人谷ダムから黒部ダムまでが「旧日電歩道」(その核心部が下ノ廊下)と呼ばれています。

水平歩道の開通は旧日電歩道より古く、大正時代の1920年。当時の東洋アルミナムがアルミニウム精錬のための水力発電所を建設すべく、調査用に整備したもの。遠くから眺めるとマジ水平

ドローン映像でもご覧いただきましょう(4倍速)。

足を踏み外したら確実に死ねる高さですが、アップダウンが少ないのが救い
岩をくりぬいて道を造った箇所やトンネルも多く、ヘルメットやライトも必須ですよ。もっとも滑落したらヘルメットでも助かりませんけどね…
このあたりがハイライトの大太鼓。写真映えしまくりの絶景が広がりますが、撮影やすれ違いで滑落する人も多いのでご注意!

阿曽原温泉までは約12km。余裕かと思いきやコースタイムで5時間半もかかりますし、出発も決して早くはないため、撮影や休憩で時間を取られるうちにあっという間に日が暮れます。

しかも、阿曽原温泉の直前は急峻な登り返しアリ。久しぶりの登山で膝痛が再燃。サポーターしておけばよかった〜。

というわけでGPSログ上では合計12.7km、6時間半で阿曽原温泉小屋に到着しました! しんどかった。

温泉の名のとおりワイルドな露天風呂が名物ですが、今回は仕事を持ってきてしまったので入浴する暇ナシ! テントでひたすら原稿を書いていました(翌朝は撮影だけ。ちなみにテント場からけっこう歩きます)。湯船の奥には吉村昭の小説でおなじみ『高熱隧道』が。前にも入ったことがあるんですが、天然のサウナです。

原稿を書き終わったのが夜半。星空がキレイだなあ。ちなみに小屋ではジュースやビールくらいしか買えないので、最低でも2日分の食料必携ですよ。

翌朝、ちょっと寝坊して6時半スタート。実は昨日に増してこの日はコースタイムは9時間以上と長いんです。まずは小屋から一気に登ります。

権現峠を越えると関西電力の仙人谷ダム施設。人里離れた山奥に突然ビルが現れるので、ギョッとします。

登山者も施設内を一部通過しないといけません。実は欅平駅から黒四ダムまで延びているという、関西電力用のトロッコ電車の軌道。おどろおどろしい雰囲気がバイオハザードみたいで怖い!

仙人谷ダムも迫力満点!

ダムから登山道は、黒部ダム方面に延びる旧日電歩道と、仙人池方面に延びる仙人新道に分かれます。仙人池方面は2年前に行ったんですが、登りがめっちゃ辛かった思い出。

美しいダム湖を眺めつつ旧日電歩道へ。このダムは土木学会による「日本の近代土木遺産─現存する重要な土木構造物2000選」にも選ばれているとか。

するとまた、山あいに突然巨大な人工物が。なんだあれは。

グラグラする吊り橋を渡って近づきます。

遠くからはヒヨコに見えましたが、関電のロゴマークでした。どうやら、ここから電気を送っているんですね。山奥の秘密基地みたいで戦隊ロボが発進しそう。

やがて下ノ廊下が始まります。相変わらず手すりなしの断崖絶壁。一応壁側には作業用のワイヤーが張り巡らされているので、どうしても滑落したくないという方はハーネスやカラビナで安全を確保されるといいかも。

コースにはところどころ滝になっているパートも。おかげで、浄水器さえあれば飲み水には困りません。

S字峡と呼ばれる風光明媚なポイント

あんまり高度感が伝わらないけど玉ヒュンです。ところどころ崩落箇所もあるので、細心の注意を。すれ違う登山者も増えます。

黒部川に向かって、両サイドから支流が流れ込む十字峡。吊り橋もあってなかなかの迫力だよ
またもやビショ濡れスポット。足を滑らせぬよう

そしていよいよ白竜峡。荒々しい岩場が続き、心なしか空気もヒンヤリする旧日電歩道のハイライトです。

実際、阿曽原温泉に荷物を置いて、ここまで軽装で往復している登山者もいました。賢い。賢い理由は後ほど。

このあたり登山地図で見ると「危」マークばっかりだよ。でも絶景ではあるので、お弁当スポットとしてはオススメ。

まだまだ崖道は続くけど、だんだん高度感がおとなしくなります。

飲めるかどうかは確約いたしかねますが、水はキレイ
それにしても崩落が多いので、登り返しがキツい巻き道も多いのよ。しんどい

最奥部には解け切らない雪渓が残っています。またこのまま冬を迎えるのでしょう。それにしても白竜峡を過ぎると変化に乏しく、森の中を歩くシーンも増えてくるので正直飽きてきます。

ただこのへん紅葉シーズンは見事らしいので、その時季に来ればまた楽しいのかも。

9時間歩いて黒部ダムに到着しました! 問題はダムの上まで登らなきゃいけないこと…。欅平の急登といい、黒部ダムの登りといい、そりゃ逆ルートが人気ですわ。

最後の登りをクリアして、ようやくゴールです。なんとなく裏口
そうそう黒部立山アルペンルートのトロリーバスが廃止されて、今年から電気バスになっちゃったのよね

あわてて下山しても仕方がないので、この日は「ロッジくろよん」でテント泊し、翌日大町温泉郷でゆっくりお風呂に浸かって帰京しましたとさ。

山好きならば誰もが一度は歩いてみたいと思う夢のトレイル、黒部峡谷スルーハイク。もう一回行く?と訊かれたら「逆ルート、紅葉シーズンで!」と即答します。そうそう、かつて山で会ったおじさんが「山の楽しみは大きく分けて2つある。登頂と危険」と話していましたが、このルートは確実に後者です。全行程通じてドキドキが続く吊り橋効果、それだけに鮮烈に記憶に残るのかもしれません。もっとも、余りに絶景が続くので途中で慣れてしまうのも事実。今年もわずか3日間のうちに、4名が滑落して亡くなるという事故が起きました。また、ところどころワイヤーが切れていたのですが、それも関西電力の作業員が熊に咬まれて作業がストップしたからだとか。死と隣り合わせの危険な山行であり、何かが起きても自己責任!と肝に銘じて、ご興味のある方は来シーズン以降チャレンジしてみてはいかがでしょうか。


熊山 准(くまやま・じゅん)

リクルート編集職を経て『R25』にてライターデビュー。執筆分野はガジェット、旅、登山、アート、恋愛、インタビュー記事など。同時に自身のゆるキャラ「ミニくまちゃん」を用いた創作活動&動画制作を展開中。ライフワークは夕焼け鑑賞。マレーシア・サバ州観光大賞2015メディア部門最優秀海外記事賞受賞。1974年徳島県生まれ。

熊山准のおブログ
http://www.kumayama.com/
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