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“世界一の美食の町”からやってきた「美食倶楽部」は、新しい食文化や地域へのパスポートだった

“世界一の美食の町”からやってきた「美食倶楽部」は、新しい食文化や地域へのパスポートだった

「美食倶楽部」と聞くと、あのグルメ漫画を思いだす方が多いかもしれませんが、実は「世界一の美食の町」サン・セバスチャンに、リアルな美食倶楽部が存在することをご存じですか?

サン・セバスチャン/ラ・コンチャ海岸

ミシュランの星付きレストランが“人口比/面積比”で世界最多だという、サン・セバスチャン。その要因は「果敢に新たな料理法にチャレンジする料理人たちの存在」、「レシピ・技術を共有しあう文化」、「食材の近さ(山・川・海など自然が豊か)」などがあると言われますが、それらの礎にもなっているのが「美食倶楽部の存在(スペイン語ではSociedad Gastronómica:ソシエダ)」です。

サン・セバスチャン/黄昏時の街並み

1800年代に紳士の社交場として誕生した美食倶楽部は、簡単に言うと「会員制のキッチンスペース」。
町には看板やメニューがなく、電気も灯っていない飲食店のようなスペースがたくさんあります。そこに鍵を持つ会員が訪れ、扉を開けて灯りをつける。店内にはプロ使用の機材や食器が備えられており、会員は持ってきた、もしくは取り寄せておいてもらった食材で自由気ままに料理を作る。するとそこに、顔見知りや初めて会う他の会員がやってきて、同じように料理を始める。「お上手ですね」「少し召し上がりませんか?」そんな会話が自然と生まれ、やわらかいコミュニケーションが広がっていく。最後は所定の位置にお皿などを集めておけば、洗い物をする必要はなし。作ること、味わうこと、繋がること…創造することだけに心身を費やせる場所、それが美食倶楽部なのです。

世界最高水準のレストランが町中に溢れるサン・セバスチャンに、美食倶楽部はなんと100カ所以上も存在するそう。この事実が、普通のレストランでは味わえない、たくさんの魅力があることを証明しています。

六本木の美食倶楽部:写真提供 ニシウラエイコさん

そんな美食倶楽部が2019年の夏、東京・六本木にやってきました。主催者は「食べる通信」や「ポケットマルシェ」など、全国の一次生産者と消費者を繋ぐサービスを立ち上げてきた、本間勇輝さん。現在はサン・セバスチャンを含むバスク地方と日本を行ったり来たりの生活をされており、現地で美食倶楽部を体験するなかで日本のさまざまな課題解決に繋がる可能性を感じて、開催を決めたそうです。

本間さんが日本で美食倶楽部を作るにあたり大切にしたのは、ただの「場所」にしないこと。本家以上の、日本ならではの価値を加えました。

一番右が日本の美食倶楽部主催・本間勇輝さん。生産者さんとの一枚

「食」に関わる仕事をするなかで本間さんが目の当たりにしてきた、「食文化」や「地域」における課題のひとつが“外部との隔たり”です。生産の現場や各地域には、それぞれ濃密なコミュニティが存在し、それはとても大切です。しかし池や湖がそうであるように、外から新たな水が流れ込まないと、長くそこにある水は澱んでしまいます。中と外が適度にミックスし、心地良い流れが生まれること。これが重要であり、美食倶楽部はその解決策、「食文化や地域へのパスポート」になれると本間さんは考えます。

1910年創業の「松乃鮨」四代目・手塚良則さんをお呼びしたイベント。鮨を通して日本文化とおもてなしを伝えるべく、世界各国でロイヤルファミリー達にも鮨を握る

例えば六本木にできた美食倶楽部。ここでは日々会員が利用するのに加えて、月に1度のペースでお店主催のイベントが行われています。料理人や生産者のような食のプロが集まり、食材や調理法、関わる人々について、飲みながら参加者たちに直接語りかけるのです。

初めての本格的な握り体験に、あたふたしつつも楽しい
気楽に飲みながら話しながら

大切なのは「飲みながらワイワイと」であること。お料理教室のように教わることに重点を置くと、本当に関心の強い人だけが集う場になります。しかし「飲み会」という楽しさ、エンタメを主軸にすると、そのターゲットは何倍にも膨れ上がるといいます。

わさびの茎側と先端で味が違うことを体験
全方位から一気に握れる、細かな型まで教えてもらう

飲みながら、食べながら、料理をしながら。気づけば食材や生産者、流通、職人の技、郷土など、食に関わるさまざまな知識が増えていく。ストーリーが自然と頭の中に注ぎ込まれ、興味を刺激されて質問をし、どんどんその世界にはまり込んでいく。そうすると、次に飲食店に行ったりスーパーに行ったり、違う場所でその食材に出会ったとき、これまでより深い接し方を自然とするようになるのではと、本間さんは期待します。

新潟の美食倶楽部 乾杯の様子:写真提供 ニシウラエイコさん

さらに、美食倶楽部は六本木だけでなく、すでに新潟など複数の地域にも広がっています。本間さんがプロデュースをお手伝いし、地元の方が中心となって新たなコミュニティを作っているのですが、本間さんはこうした場所を、「イケてる公民館」として全国各地に展開していきたいと言います。
それというのも、一部の旅行者にとって地域の魅力とは“作られた豪華なモノ(食事やパッケージプラン)”ではなく、その地域ならではの“素の顔”なのです。しかし実際に地域へ足を運ぶと、ローカルなコミュニティで盛り上がっていることがほとんどで、旅人はなかなかその中に入り込むことができません。

新潟の美食倶楽部 料理の様子:写真提供 ニシウラエイコさん

そこで美食倶楽部を全国にネットワーク化できれば、会員はさまざまな地域へ旅行したついでに、その土地の美食倶楽部を気軽に訪問できます。そうして地元の方と同じ空間で料理をすることによって、自然とコミュニケーションが生まれ、混ざりあい、深まる。地域と地域外の人との出会いの場としても、美食倶楽部は活躍が期待できるのです。

年齢や性別の壁を越えて、楽しく料理
初めての方も多いのに、笑いの連続(筆者は右から2番目)

 

私も11月末に行われた六本木でのイベントに参加してきましたが、新たなコミュニティの場として可能性を強く感じました。

家族の食卓、仕事の会食、出会いの場など「食=良質なコミュニケーションツール」という考えは、すでに私たちの生活に根付いています。そこに「共につくる」というエッセンスが加わるだけで、こんなにも混ざりあい、深まりやすくなるものか。初めて会った人とは「美味しそうですね」「上手ですね」と自然に会話が始まり、顔見知りだった人とは「ちょっと教えて」「ひと口ちょうだい」なんて、きちんと席についてでは遠慮してしまいそうな、一歩踏み込んだコミュニケーションがとれました。

冬の味覚「香箱がに」を自ら捌いて食す
捌き方を動画で撮影する人たちも

珍しい食材やお酒、ユニークな専門家がスパイスとして加わると、その流れはますます加速化されていきます。

最近はレンタルスペースも増えてきて、ホームパーティーや会社の懇親会などを、そうした場所で行う機会も増えています。しかし、この美食倶楽部は単なるレンタルスペースより格段に奥深い。身内だけでなく、同じスペースをシェアするまだ知らない会員(仲間)や食文化、そして地域とも繋がっていける。まさに「パスポート」の役割を果たす存在だと感じました。

自分で握ったお鮨を、みんなでワイワイ食べるの最高!
筆者の握ったお鮨。貝が裏表、逆だったけれど上出来

遥か遠い美食の町で200年以上も昔に生まれた文化が、日本でこの後どう育っていくのか。どこまで隔たりを越えるパスポートになってくれるのか。これからの展開が楽しみです。

美食倶楽部
https://bishok.club/

食べる通信
https://taberu.me/

ポケットマルシェ
https://poke-m.com/


撮影・取材・文/中川めぐみ
釣りアンバサダー 兼 ツッテ編集長。釣りを通して感じられる日本全国の地域の魅力(食、景観、人、文化など)を発見・発信するため、メディア「ツッテ」の運営や、初心者向けの釣りイベントを実施。自ら全国の港を飛び回っており、2018年は100地域での釣り旅を計画。レアニッポンでは全国の港町で見つけた地域や海にまつわるおもしろいものをお伝えしていきます。URL:https://tsutte.jp

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