旅の醍醐味は、緊張感とともに未知の世界を切り開くこと。インターネットにより、地球の裏側まで情報化された現代において、本当の冒険とはスマホを持たず見知らぬ土地を徘徊することかもしれません。たとえ隣町でもいい、スマホをロッカーに預けて飛び出してみよう。きっと、新しい出会いがあるはずだから。
人生で一度も訪れたことのない駅に降り立ち、スマホなしで町をさまよう連載「スマホを捨てよ、町へ出よう」(スマホなし旅)。第4回はJR総武線・都営大江戸線の「東中野駅」です。
なぜ東中野なのか?
あらためて、スマホなし旅のコンセプトを思い出してみましょう(リード参照)。そう、スマホさえなければご近所でも冒険になるのです。これまで「釧路」「印西牧の原」「京橋(大阪)」と遠方ばかり旅してきましたが、あえて今住んでいる場所からもっとも近い場所をうろついたらどうなるか? 意外と知らないことだらけなのではないか。事実、年末に四谷で飲んだあと自宅の千駄ヶ谷まで最短ルートで歩いて帰ってみたら、見たこともない景色が広がっておりました。
というわけで住んでいる町からもっとも近く、今まで一度も降りたことのない駅を探索! そのひとつが、千駄ヶ谷駅から総武線でわずか3駅先の東中野駅なのでした。

自宅からわずか20分で到着した、東中野駅。西口には四ツ谷や恵比寿よろしくアトレがありますが、5階建てとこぢんまりした様子です。

けっこう雨足が強いなか、なにはともあれ周辺のリサーチです。ひとまず西口ロータリーから見えた東中野ギンザ通りに向かいます。ここでローカルな喫茶店にでも入って、地元のネタを収集するって魂胆ですわ。

しかし、チェーン系以外の喫茶店が見当たりません。一応昔ながらの青果店や菓子店はあるものの、まだ早い時間とあってか開いているのは美容室か病院ばかり。“びよういん”の町…。



商店街の外れまで向かうも収穫なし。ギンザ通りに見切りをつけて、駅の南側の坂道を下っていきます。この通りには、いまどきラブホが残っているのが珍しい。

雨はやむどころかどんどん強くなる有様。リュックも足元もビショビショです。寒いし、朝から何も食べていないし、そろそろ喫茶店を~と切望した矢先に見つけたのがCOCOSでした。


雨に濡れて体も冷え切っていたので、あったけえコーヒーがありがてえ。サンドイッチもバターがしっかり効いていて美味です。

そんなCOCOSは外観から比較的新しめのお店かな?と思いきや、実はこの場所で47年間も営んでいる老舗なのでした。オーナーのご夫婦いわく開店当初は近辺に喫茶店が7店もあったそうですが、今となってはこちらだけ残ったのだとか。
東中野で半世紀近くも商売されているとなれば、この地域に詳しくないはずがありません。町のあらましをはじめ、飲食店、銭湯、見晴らしのいい夕焼けスポットまで、あらゆるネタをゲットいたしました。

COCOSで旅の装備を整え向かったのは、東口から大久保通りへ南に延びる東中野名店会。東中野駅を中心に3つの商店街が広がっているのですが、その中でもっとも地味、かつメディアで取り上げられないのがここ名店会なのだとか。しかしながら、往時は中野区で初めて歩行者天国を導入するなど大変賑わっていたそう。いまやシャッター通りで見る影もありませんが、本当にそうなのか町の人にお話をうかがいました。


商店街の人をたどってお話をうかがったのは丸越米店のご主人。いわく、歩行者天国は当時30代の若手中心にアイデアを出し合って決めたのだそう。時には道路の排水溝をすべて塞ぎ、坂上から消防署の放水車で水を流して人工の川を作り、どじょうすくいができるイベントまで実施したこともあるのだとか。パワフル。

しかしながら多くの町おこしの例にもれず、イベントをやればやるほど集客はするものの、ボランティアに頼った運営スタッフは疲弊し、家族にしわ寄せがくる始末。露天の売り上げで運営費をまかないながらも、商店街が潤ったかどうかは未知数。週末ごとに道路を封鎖するため、所轄警察署からの心証もよろしくなく、あること(全部聞いちゃった)がきっかけで歩行者天国は終了したのだそうです。

COCOSのご夫婦や丸越米店のご主人いわく、駅前にスーパーマーケットのサミットができたのが東中野衰退の分岐点だったようで、一時は建設反対デモや工事車両の封鎖、社長宅への出店中止の直訴も行ったそう。一方で「スーパーが進出してくるのは時間の問題」(ご主人)とも考えていたらしく、その間に商店街として何ができるかを模索したとも。やがてAIライターに取って代わられるフリーランスとしても身につまされるお話ですね。

町内会の古株からのお話を存分にうかがったならば、若い衆からも聞かねばなりません。というわけで丸越米店のお隣にある今風のコーヒースタンド・早川亭にもお邪魔しました。ちなみに、するする話が進んでいるようですが全部飛び込みですからね。それでも快くお話ししてくれるのが東中野のよいところ?


オーナーの早川さんは生まれも育ちも地元の中野っ子。とはいえそれは中野駅エリアの話で、東中野は現在の物件に出会うまでほとんど知らなかったのだそう。お客さんは地元の方からエアビーの外国人旅行客まで老若男女。たまに見知らぬ顔が多い日は、大久保通りにあるレパートリーシアターKAZEの公演日。ミニくまちゃんがこの辺を徘徊する姿を見て、「あの人はなんかあるな」と踏んでいたとか。不審者~。

早川さんからも近隣の飲食店情報をしこたま仕入れて再出発。雨もあがりました。

そろそろランチタイムです。ここはCOCOS、早川亭でプッシュされた東中野の有名店・大盛軒に参りましょう。

ここんちの名物は鉄板麺なるメニュー。豚肉とキャベツが載った熱々の鉄板焼きにご飯、小ラーメンが付いた定食なのだそうです。

鉄板の中央に穴を開け、そこに生玉子を投入してかき混ぜるのが正しい食べ方。好みでタバスコやニンニクチップをふりかけます。

酸味のあるタレとも相まって、うまくないはずがありません。勢い白米がガシガシ進みます。一方のラーメンは喜多方ラーメンにも似たあっさりの中太麺で、味噌汁がわりといった風情。そう、早川さんの言うとおり、これは肉野菜炒め定食 with ラーメンなのです。

ともあれライスもデフォで大盛りゆえ満腹です。ご飯少なめにしてもらえば良かった、と重たい腹を抱えながら、次なる目的地・銭湯を探します。















そうそう、スマホなし旅の取材を進めるうちいろいろ得た知見がございまして、ここらでひとつまとめておきましょう。
・やれることは「飲む(カフェ、酒場)」「食べる」「見る(美術館、博物館、神社仏閣、夕焼けスポット、その他観光地)」「風呂」「買い物」「遊ぶ」、この組み合わせと繰り返し
・朝一番に地元の喫茶店、観光案内所、商店街事務所に向かってリサーチ
・挨拶だいじ
・胃腸には限界があるので食べすぎない、飲みすぎない(でも、できない)
・お風呂セット必須
こんな塩梅でしょうか。とにかく1回の取材で2万歩近く歩きますから、途中で休憩が必要です。そんな時に使えるのが昔ながらの銭湯なのです。

松本湯の特徴は6つもあるジェットバス。そして、手をかざすとなんとも言えない快感がほとばしる注水・排水の水のヴェールです。いつまでも触っていたい…。なおかつチェアも4つほどあり、サウナや湯船で火照った体を冷ますのに最適。取材を忘れ、しばし惚けてしまいました。

外に出たらすでに日没前。実は、雨のち晴れの予報を事前にチェックしていて、案の定夕焼けしそう。あわてて一番高台にある駅に戻ります。


しかし一歩間に合わーず、駅に着いた頃には太陽は雲の中へ。でもまだまだ諦めません。





日が暮れたものの、まだ大盛軒がたたってお腹が空きません。ならば、銭湯をハシゴしようではありませんか。


アクア東中野も470円(サウナは別料金)で楽しめる銭湯。ここんちは屋外プール(冷水)と露天風呂、ぬる湯の炭酸風呂が特徴です。特にミニくまちゃんが気に入ったのは、熱湯(あつゆ)にあるジェットバス。強力な水流で、リングフィットアドベンチャーで凝ったお尻をほぐしてくれます。全身をもみほぐしたら、すぐさま隣の水風呂にドボン! 17度以下の「わかってる」冷水で一気にクールダウン。そこへぬる湯の炭酸風呂に入れば、ディープリラックスの境地へと誘われます。
松本湯にアクア東中野、甲乙つけがたいんですが駅近の利便性とさまざまな温度の湯船から、アクアが好きかもしれません。




「自分が好きなものばかり作っていたらこうなった」という居酒屋「わ」。エッジが立ちすぎたコンセプトがピンポイントでぶっ刺さりました。生牡蠣食った後に沖縄そばでシメられるなんて、考えたこともないサイコーのコンボじゃないですか。



あれこれ好き放題注文して6000円弱。2軒ほどハシゴするつもりでしたが、もう食えねえ。


パンパンの腹を抱えてたどり着いたのが、大盛軒の対面にあるオーセンティックなバー・ANCHOR MILLSです。実はここ、昼間はレザーバッグの専門店として営業し、夜はバーになるという二毛作なお店だとか。



たまたま共同オーナーの1人が居合わせたため、東中野のさらなるディープな話がうかがえました。朝から取材していたので夜20時には退散かな~と思っていたのですが、東中野が楽しすぎて思わず23時近くまで長居。それもこれも自宅から近い町という安心感も関係していたかもしれません。最悪タクシーで帰るとなっても3000円くらいで済みますものね。

●まとめ
というわけで、ご近所でも冒険たりえると証明できた東中野の旅。スマホがなければ人に話を聞くしかなく、おかげでより深くその町を知ることができたのでした。
また、(日頃はそんなことまったく考えてはいないのですが)メディアに携わる者としてさんざん紹介され尽くした町の魅力(今回でいうとギンザ通り)よりも、まだまだ知られていない地域のモノゴトを深く掘り下げることこそがその使命なんじゃないかと思ったのでした。知らんけど。

熊山 准(くまやま・じゅん)
リクルート編集職を経て『R25』にてライターデビュー。執筆分野はガジェット、旅、登山、アート、恋愛、インタビュー記事など。同時に自身のゆるキャラ「ミニくまちゃん」を用いた創作活動&動画制作を展開中。ライフワークは夕焼け鑑賞。マレーシア・サバ州観光大賞2015メディア部門最優秀海外記事賞受賞。1974年徳島県生まれ。
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