旅の醍醐味は、緊張とともに未知の世界を切り開くこと。インターネットによって地球の裏側まで情報化された現代において、本当の冒険とはスマホを持たず見知らぬ土地を徘徊することかもしれません。たとえ隣町でもいい、ロッカーにスマホを預けて新たな町へ飛び出してみよう。きっと、新しい出会いがあるはずだから。
人生で一度も訪れたことのない駅に降り立ち、スマホなしで町をさまよう連載「スマホを捨てよ、町へ出よう」(スマホなし旅)。第6回は熊本県熊本市、旅はJR九州の「熊本駅」からスタートします。

なぜ熊本なのか?
実は今回をもって「スマホなし旅」は最終回なんですけども、これまで釧路(北海道)、印西牧の原(千葉)、京橋(大阪)、東中野(東京)、弘前(青森)と旅してきてですね、ちょっと西日本が少なすぎやしないかと思いまして、最後にいっちょ九州あたりでガツンとキメたく、これまで訪れたことのない九州の県庁所在地をピックアップしてみたところ、熊本市が候補にあがったという次第です(阿蘇にも天草にも行ったことがあるのにね)。
そして「熊」つながりだし。

というわけで熊本空港からバスでやってきました、熊本駅。ただね、道中うすうす気づいちゃったんですが、熊本駅は熊本市の中心部じゃありません! どうやら途中で通過した通町筋、もしくはバスターミナルあたりの模様。やれやれ、戻るしかないか。

とその前に、一応熊本駅の中を探索。駅の周辺には何もありませんが、駅構内には九州新幹線の開業にあわせてか土産物屋や飲食店がけっこう充実しているのです。なかには、以前から気になっていた熊本ローカルの弁当チェーン「おべんとうのヒライ」も。ここんちの名物「ちくわサラダ」を一度食べてみたかったのよ! 早速お買い上げ。後でいただこう。

駅から市街中心部の辛島町までは、市電の路面電車で戻ることに。すると、ちょうどレトロデザインなCOCOROがやってきました。後から調べてみたら、開業90周年を記念して、九州新幹線やななつ星でおなじみ水戸岡鋭治がデザインした特別車両だとか。めっちゃラッキーだったんですね。




辛島町で降りたのは、ここからアーケード商店街が通町筋に向かって延びているから。特徴的なのは道幅がえらく広いこと。しかし平日昼間だったからか、あるいはコロナウイルス禍だったからか、人の往来はまばらです。シャッター街でなかったのが救いですが、全国の商店街のご多分に漏れずチェーン店だらけ。

東京からかれこれ6時間、そろそろランチタイムなので飲食店を物色するものの、どれもピンときません。熊本といったら、やっぱり熊本ラーメンなんだろうか。グルメガイドに載ってる太平燕は好みに合わなさそうだしなー。意外とカレーを出す喫茶店と、お好み焼き屋が多いな。


と考えつつサンロード新市街から、下通アーケード街、駕町通り、上通アーケード街をさまよった終点にあったのが元祖熊本ラーメンを謳う「こむらさき上通中央店」なのでした。こむらさきは、うんと昔に新横浜ラーメン博物館で食べた記憶があるなあ。


もうちょい探してみよう、とアーケードを抜け、並木坂を登り、熊本電鉄の藤崎宮前駅あたりまでウロウロ。上乃裏通り、藪の内通りまでくまなく散策してあきらめました。いったん、こむらさきに行こう。




チャーシュー多めの王様ラーメンをチョイス。最初からニンニクチップが載っているのが熊本ラーメンのお作法なのかしらん。どっちかというと生ニンニク派ゆえ若干の違和感を抱きつつも、濃厚&細麺の豚骨ラーメンにハズレなし。香ばしさも手伝って、あっちゅう間に食べ終わりました。

お腹を満たしてしまったら歩くか、観るか、風呂に入るかしかありません。しかしコロナウイルス禍。美術館や博物館は軒並み臨時休館です。あと、観られるものといったら再建中の熊本城や神社仏閣。



というわけで千葉城橋から、加藤清正を祀る「加藤神社」へ。ここからのお城ビューが素晴らしいとのことですが、震災からの復興中につきクレーン&ブルーシート付きです。これはこれでレアニッポン?




細川コレクションを擁する県立美術館も閉館中だし、こりゃあどうしたもんかなあ、と考えあぐねて思いついたのが城下町の散策。熊本城を中心に、古町、京町、新町と江戸時代から続く町家が広がっているそうなのです。お城からのアクセスだと北側の京町か、西側の新町のアクセスがよさげ。その辺にいたボランティアガイドのおじさんいわく、「古い町並みなら新町がオススメ」とのことで高台を球場方面へと下りることにしました。


路面電車の石畳がいい雰囲気の新町は、加藤清正の肥後入国といっしょに多くの職人たちが移り住んだ町。「城下町散策地図」なるパンフレット片手に100年以上の味噌蔵や、江戸時代から続く町医者を巡る……んですが地図がわかりにくっ! その辺を歩いている地元の方に尋ねても「味噌蔵なんてあったっけ?」と言われる始末。コンビニでも「それっていつの地図ですか?」と返されたりして、震災もあったし相当この辺の様子も変わっちゃったのかなあ、と心配したら…ありました。まずは味噌・醤油製造元の「兵庫屋本店」。

1階には麹室だったレンガ造りの蔵を利用したギャラリーがあるとのことで、見学させてもらいました。するとそこに社長の渡邊稔晃さんが。聞けば、味噌・醤油屋としては明治時代から始めたそうですが、もとは1715年に質屋として創業したのが兵庫屋の始まりだとか。ゆえに稔晃さんでなんと15代目! 西南戦争はもちろん、細川家、加藤家以前よりこの地で商売をやってたわけです。




「じゃあ、あれご存じですか?」と聞いたのが、空港バスで市内中心部にやってくる途中で見かけた「味噌天神」なる神社の存在です。稔晃さんいわく日本で唯一、味噌の神様を祀っているお社で、毎年10月25日には熊本県内の味噌蔵が味噌を奉納し、みんなに味噌を配っているのだそうです。知らなんだ…。

兵庫屋に続いてお邪魔したのは江戸時代の町医者で、整腸剤の「諸毒消丸(しょどくけしがん)」で有名な薬問屋の「吉田松花堂」。黒漆喰の塀が特徴的な日本家屋は、新町を代表する建築。確かにこの一角だけ空気が100年以上止まっている感がございます。折しもお腹下し気味ですし、諸毒消丸をお買い上げ〜。


さらに電車通りをさかのぼってやってきたのは「長崎次郎書店」。江戸時代に細川藩御用指物師だった同店は道具屋を経て、明治期に書店として創業。小倉の軍医だった森鷗外も立ち寄ったとされる歴史ある町の本屋さんなのだとか。確かに、大正13年に建てられた和洋折衷の建築は、めちゃくちゃ雰囲気たっぷり〜。2階の喫茶室でコーヒーと諸毒消丸をいただくことにしました。



うん、おじいちゃんの香りというか、仁丹の匂いだ。
窓際の席の眼下には市電とクルマと歩行者が往来するスクランブルなども拝めまして、何時間でもいられそう。一方でスマホなし旅最終回としての撮れ高はどうなんだ?との不安も頭をもたげます。だって普通に熊本ラーメンを食べて、お城を見て、パンフレット片手に街歩きしているだけですよ? 弘前回にあった、人から人への奇跡的な連鎖反応もありません。

でも、これでいいのだ、と自分に言い聞かせます。俺は別に『るるぶ』や『まっぷる』を作りに来たわけじゃない。歴史にだって大した興味もない。ベタにラーメンと馬刺しが食えればそれでいい。
それがスマホなし旅。
との決意を新たに、喫茶室のおかみさんに熊本ラーメンと馬肉料理のオススメをうかがったところ、自分も利用しているし観光客にも必ず紹介しているお店があるとのこと。とりわけ馬肉料理は「決して安いお店ではないんですけど、せっかく熊本に来たのならいいものを食べてほしい」と「さくら食堂」なるお店を教えていただきました。ただ、場所がわかりにくいらしく、かといってスマホも使えず、ひとまず住所のメモだけいただいて後は現地で探すことに。

とはいえ、夕食までまだまだ時間があるので新町散策は続きます。

洗馬橋(船場橋)のたもとには明治からの老舗文具店「文林堂」が。その脇の通りにもこれまた明治から続く「富重写真館」。さらに後から知るわけですが、この近辺には太平燕発祥の店「会楽園」もあったんですね。アイドリングタイムだったので気づかなかった。



個人的に気になったのは「ばんざい饅頭」の看板がポップな「萬歳堂本舗」。はて、どんなものかと、ちょうど店頭に出てきたおばあちゃんに聞いたら、ばんざい饅頭はジャスト屋号でそういう商品はないんだそう。ちなみに創業70年。そろそろやめよっかなー、との弁。いい感じなのにもったいない!



さらに歩を進めて、坪井川沿いの加藤清正像へ。このあたりはちょうど熊本城観光の入り口のようで、わくわく座なるテーマパーク風ショッピングモールが広がっています。そういや、ここに往きの機内誌で見た天草のうにコロッケがなかったっけ? ありました。



かつてツーリングで走り抜けた天草。うにが名物だっただなんて知らんかった…。また行きたい。
そうこうするうち、そろそろ夕暮れどき。わくわく座の観光案内所で聞いた夕焼けスポットを頼りに、できたばかりの複合施設「SAKURA MACHI Kumamoto」へ。ここの屋上が開けているというのです。


ショッピングモールの屋上は確かに開放感たっぷり、だけど肝心の日没の方角はふさがれています! お隣でくっついてる熊本城ホールの屋上なら見られそうなんだけど…なぜかまだ出られません。ギャース!そろそろ日が暮れる。

急いで向かったのは熊本市役所。最上階が、熊本城が望める展望台として一般開放されているのです。ガラス窓に隔てられているとはいえ、今のところ熊本市中心部で夕焼けを観賞するならここが間違いないっぽい。肝心の夕焼けは不発でしたが。





そう、来てみて初めてわかったんですけど、熊本市って熊本港もあるので海際かと思いきや中心部は意外と内陸なんですよ。とりわけ海の方角には山が迫っておりまして、天草諸島に沈む夕日などは望むべくもないのです。

日が暮れたのでいよいよ馬肉です。ちょっと早い気もするんですが公衆電話から予約したところ、一人客はカウンター席で予約できないとのことだったので速やかに向かったのです。しかし手がかりは住所だけ。その店「さくら食堂」を求めて周囲をグルグル徘徊してようやく見つけたのは何の変哲もない、というかむしろ入りにくい雰囲気を醸しだしている雑居ビルの3階なのでした。これは知らないと絶対にたどり着けないやつだ…。






長崎次郎のおかみさんいわくコース料理がオススメとのことでしたが、前日までの予約かつ2名様からだったのでアラカルトで注文。レバ刺し、特選馬刺しに始まり、タンとロースひもの焼肉、そして馬汁をいただいたのですが、どいつもこいつもウマ(ベタ!)。牛肉だと特有の臭みやしつこさが残りますが、馬肉は旨味しかなく後味さっぱり。いくらでも食えそうですが、お酒2杯で8000円弱したためこのへんで自重しました。おそらく腹ペコキッズが思う存分食ったら、1万5000円はいくなー。でもおいしい。


ちょいと早い時間ですがすでに腹パン、歩数も2万5000歩と脚パンゆえ今宵の宿、熊本カプセルホテルへチェックのイン! 実は移動もLCCだったんですが、こうしてカプセルと組み合わせることで、旅の予算は1万5000円ちょい。それだと疲れが取れないでしょ〜というご意見もあるかもしれませんが、むしろ大浴場とサウナでととのい、なおかつカプセルで睡眠に集中することで、むしろビジネスホテルのような雑念が湧かず旅に没頭できるのです。
目が覚めたのが日付が変わった0時すぎ。

うなぎの寝床から抜け出して向かった先は、下通アーケード街のはずれにあるラーメン屋「マルイチ食堂」です。アーケードを挟んで「さくら食堂」の反対側ですね。ここも長崎次郎のおかみさんにオススメしてもらった店で、熊本ながら豚骨スープではなく、天草大王という地鶏を使った塩ラーメンで知られる有名店なのだそうです。


その味を、乱暴に表現しますと、「AFURI」にも通じる香ばし淡麗系。麺にも全粒粉が入っているのか粒子感があります。深夜まで開いているのは、やっぱり飲んだ後のシメ向きということなんでしょう。美味でした。

翌朝。スマホなし旅始まって以来の2日目。というのも初日はお昼に着いちゃったためです。
チェックアウトギリギリまで惰眠を貪り、いきなり昼めしから始めたく向かったのは鶴屋百貨店の裏手です。ここには「天外天」なる熊本ラーメンの名店があるというではありませんか(パンフレット調べ)。がしかし!

うっかりしておりました。ここも夜なんですね。仕方なく近くで第2候補を物色。結果、上乃裏通りにある「ラーメン赤組」をいただきました。こむらさきと違って黒マー油がガツンと浮かんでおります。

はて、ご飯も食べちゃったので、帰りの飛行機までどう過ごそうかと思案しつつ、ぼんやりと歩いていたら、何やら聞き慣れた音楽が流れてくるではありませんか。「ロバのおじさんチンカラリン〜♪」。うわー、ロバのパン屋だ〜(感涙)。詳しくはググっていただきたいのですが、ロバのパン屋は京都を中心に広がる蒸しパンの行商チェーンで、子どもの頃、子守りで預けられたおうちでたま〜に食べさせてもらっていたのです。

「これは絶対に買いたい!」と音のするほうへ駆け出した45歳。売っていたのはおじさんではなく、お姉さんでしたが、ラインナップはほぼ当時のまま。興奮しながら「40年ぶりに食べるかもしれません」と伝えたところ、「そうですか」とあっさりスルーされつつもチョコパンを中心にお買い上げ。後で食べるんだ!

興奮さめやらぬまま自然と足が向かったのは、昨日フォローできていなかった城下町最後のピース、京町です。

壺井橋を渡るとほどなくして夏目漱石が暮らしていた旧居。ここもまたコロナウイルスの影響で休館中でしたが、裏庭からは見学できるとのことで入館。うっそうとした庭のなか、仄暗い家屋からこっちの視線を感じたと思えば、漱石のスタチュー。心臓に悪いわ。



奈良時代には開けていたという京町。加藤清正はここに高級武士の屋敷や寺院を置いたそうで、現在も裁判所があるなど、ちょっとしたビバリーヒルズ感が漂います。お散歩は観音坂を登って、熊本裁判所、池田屋醸造、さらに柳川小路、新坂へと進みます。








新坂から漱石緑道を一気に下ってたどり着いたのは上熊本駅。JRだけでなく、市電や熊本電鉄も乗り入れる北のターミナル駅です。漱石も降り立った駅だからかどうなのか、ちょっとおハイソな雰囲気もございます。



駅構内のスーパーマーケットを散策し、JRで一駅の熊本駅まで帰ります。





ちょっと早めですが空港バスで帰るかー、とあらためて熊本駅構内を眺めていたら、発見してしまいました。「天外天」の支店があるじゃないですか! しかしこれ、食い過ぎだろうと思いはしたものの、ランチを食べてから1万歩以上歩いているし、2時間以上経ってるし、なんなら替え玉したのと変わらなくない?という謎理論を駆使してダメ押し熊本ラーメンと洒落込んだのでした。


細かく砕いたニンニクチップがジャンキーながらも個性的で、もしかしたら今回食べた4杯では天外天が一番好きかもしれません。しかしもう無理。なんも食えない。空港ラウンジでお酒を飲むくらいしかできない。
●まとめ
そういや子ども時代、それこそ未就学児の頃に熊本に来た記憶があり、現地から母親にメールをしてみたら、熊本市ではなく大牟田市とのことでした。あのときフェリーに乗って長崎市に行った記憶もあるんだけど、おそらく諫早経由で向かったのでしょう。
他では中学の卒業旅行で阿蘇に、バイクツーリングで天草諸島に行ったことはあるものの、なぜか県庁所在地だけは未踏だった熊本(もしかしたら修学旅行で熊本城に行ったかもしれない)。今回初めて訪れてみてわかったのは、噂にたがわずオシャレ好きの街であるということ。東京や大阪から遠く離れているせいか、独特の文化圏を形成しているように見えました。
あと、熊本城を中心に街が広がっているせいか、地図読みが得意なぼくですら、時折、方向感覚がわからなくなる複雑な地形でした。ざっくり眺めると碁盤目状なんですけど、街を斜めに横断している坪井川と白川のせいで土地勘が45度から90度狂っちゃうんですよね。特に1日目はお天気が悪く、太陽の方角がわからなかったのも影響しているかもしれません。
そんなこんなで人生初だった熊本ですが、現代美術館にリベンジしたいし、もっと馬肉も食べたいし、さらなる熊本ラーメンの名店を探りたいしで、再訪する気満々です。
そしてほぼ月イチ連載でお届けしてきたレアニッポン「スマホなし旅」は今回をもっていったんおしまい。ライターとはいえ基本的にコミュ障ゆえ、毎回「よっこらせ」と自分を鼓舞して出かけていましたが、いったん走り出すと見知らぬ人に話しかけるのが苦ではなくなってくるというか、途中からは酒の酔いも手伝って、どんどん世界が広がっていく快感がございました。言うなれば、貧乏バックパッカー旅行時のハイにも似ているかもしれません。
エレベーターで乗りあわせた人に「ハイ」と挨拶するあの感覚が日本国内でも味わえる。スマホがないだけで。やりたいかどうかは別にして!
というわけで、よろしければ皆さんもご自身のスマホなし旅をお楽しみください。また、近々どこかでお会いしましょう!

熊山 准(くまやま・じゅん)
リクルート編集職を経て『R25』にてライターデビュー。執筆分野はガジェット、旅、登山、アート、恋愛、インタビュー記事など。同時に自身のゆるキャラ「ミニくまちゃん」を用いた創作活動&動画制作を展開中。ライフワークは夕焼け鑑賞。マレーシア・サバ州観光大賞2015メディア部門最優秀海外記事賞受賞。1974年徳島県生まれ。
熊山准のおブログ
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